「これは……雨?」

 あのアグラの街で、この十七年の人生の中でも、幾度か「雨」という物を体験したことはある。けれど干上がった砂の大地を潤せるほどの雨など、ナーギニーは見たことがなかった。驚きを隠せないまま、少女はバルコニーへの扉を開いた。その隙間から湿(しめ)()を含んだ涼しい空気が、彼女を手招きするように身を覆った。

 それはあの地下洞穴から不思議なトンネルに入れられた際の、豊富な水を湛えた壁面を思い起こさせた。あれがドームを伝い、この地へ雨として注がれているのだろうか? もしそうであるならば、一体どのように造られた物なのか? 謎を含んだ雨粒へそっと伸ばした掌が、ひたひたと受け止め濡れていく。(あらが)うことなく雨を受け入れた宮殿の大理石も白い街並みも、雨音に耳を澄ますよう静かに大地に横たわっていた。

 到着した翌日より五日目のこの午前も午後も、昼の(うたげ)以外は特に何も約束されていなかった。ドーム内の天候は明らかに管理されている筈だ。明日の舞踊の練習に励みなさい、と諭されたかの如く降る雨に、ナーギニーは思い立って急ぎ湯浴みを済ませた。支度を整え神への祈りを捧げる。舞の稽古を進める前に、どうしても刺繍を終えておきたかったのだ。あともう少しでガネーシャ神の全身が、完成するところまでこぎつけていた。