今までと同様に夕食を運んできたシュリーへ穏やかな挨拶をする。イシャーナが来ないことを知っている彼女は、その後昨日より早く少女の部屋を再訪した。ナーギニーは午前にアムラを摘みに出掛け、それがまるで自分のペチコートの硝子(ガラス)玉のようであったこと、沢山の少女に親切に手伝ってもらえたことを、いつになく満面の笑顔で話した。が、(うたげ)であった出来事は一切シュリーに話すことはなかった。

 刺繍と舞踊に集中することで、ナーギニーは心に抱える全てを忘れようとした。今夜を合わせて残り三晩、自分の発言により再びの舞踊大会も決まり、それにはもう二晩しかなかった。衣装もバラタナーティアムに見合う物を選んだのだ。もしもイシャーナが同席出来るのなら――会うことは叶わずとも、今度こそ乱れることなく完璧な舞を披露したい――そんな想いが少女の一挙手一投足を、確実に優雅に形作っていった。

 翌朝は日の出の気配が感じられぬまま、薄暗がりの中に天蓋の幕が現れた。まだ夜明け前に目覚めてしまったのだろうか? ナーギニーは少しだるそうに上半身を起こし、外の様子に目を向ける。夜の闇とは違う淡い灰色の空が見えた。近付けばしとしとと不思議な水の音が聞こえ、バルコニーの欄干が天から降る(しずく)に濡れていた。