ベッドの天蓋に吊り下げた首飾りは、もう見る影もなく枯れていた。

 あれからナーギニーには曖昧な記憶しかない。口に入れた食事の味も、目の前のイシャーナの様子も、左斜めからずっと自分を見つめていたシャニの視線も、何も思い出せなかった。

 それでも食後、再び開かれた白宮大広間での衣装選びは、滞りなくこなしたことを覚えている。ナーギニーは、シュリーが舞踊大会で魅せた濃い緑の衣装が美しいと思っていた。バラタナーティアムは目の動きで感情を伝える舞踊だ。そのため瞳を強調させた厚めの化粧を施す。それに負けぬ装いは、やはり淡い色よりも原色に違いない。震える指先でいつの間にか選んでいたのは、そのような深紅の生地だった。

 採寸を終えて戻った自室で一人、夕食までの時を孤独に過ごしたナーギニーは、けれど一滴の涙も流すことはなかった。こうなることは運命だったのだ――イシャーナとたった数分でさえも言葉を交わせたこと、それがどんなに身に余る幸せであったことか、今回心底理解出来た――シャニに(いさ)められたお陰で、これ以上踏み込まずに済んだのかもしれない。心壊れずにいられたのかもしれない……もう二度とイシャーナとは会うまい……でなければ母親である王妃の立場も危うくなる。自分は此処での楽しい想い出と、このように素晴らしいお守りを戴いたのだ。何の未練があるというのだろう。ナーギニーは胸元に隠した指輪をブラウスごと握り締めて、伏せた瞳に力を込め、昨夜の刺繍の続きと舞の復習を始めた。