「……ドール、だわ」

「ドール?」

 シュリーは自分の鼓動が聞こえる程、心臓が波打っていることを感じた。

 『幻の獣』――ドールだ。

 赤褐色の毛並みを持つことから別名アカオオカミともいう。狼よりも小振りであるが、群れで獲物を襲い、その襲撃の残忍さは至極(むご)たらしい。『月夜の狩人』――彼等の通った(あと)には何も残らない……――。

 どうやら久し振りのご馳走となろうラクダの臭いを嗅いで、続々と集まってきたようだった。冷たい眼光は徐々に大きくなったが、使者もラクダも気付いた様子はなかった。シュリーは先頭に立つ馬上の侍従に、

「ドールよっ! ドールが襲ってくるわっ!!」

 と叫んだが、侍従は一度その(うつ)ろな瞳を振り向かせたのみで、どうこうしようという気は見せなかった。

「ナーギニー……あなたは絶対ラクダから手を放さないでいて」

「シュリー、一体どうするの?」

 ナーギニーは疑問を投げかけたものの、シュリーの緊張した面持ちに圧倒されて、答えを待たずに言われた通りの行動を取った。ゆったりと歩んでいくラクダの後方には、既に飢えたドール達がジリジリと近付きつつある。ナーギニーは緊迫と焦燥で息苦しさを催しながらも、必死にラクダの(コブ)にしがみついた。ラクダの皮膚は妙に冷ややかだった。