たかが一介の商人(ヴァイシャ)の娘が、このような荒れ果てた時代に、このような貧しさと(けが)れの中で、終日(ひねもす)働くことなく清潔に暮らしていられるのは、ただひたすら傷物にしないという配慮の一語に尽きる。枯れ朽ちていく地球上で僅かな水と財産を使い、少女を可憐に留めておくには、両親の並々ならぬ汗と涙が陰に潜むことは隠せない。そこまでしてナーギニーを美しくする必要は何処(どこ)にあるのか――それは二十五年もの歳月を(さかのぼ)ることになる――。

 ウッタルプラディッシュ。アグラの街が所属するこの州には、領主―― 一人の藩王(マハラージャ)が居た。ヴァーラーナスィーの大部分を占有する『砂の城』を構えた、シャニ=アシタ=クルーラローチャナ三世。砂漠のオアシスにも似た、恵みの泉を(たた)える存在――。

 その五年前より始められた彼の統治の(もと)、二十九州に分かれたインド大陸で唯一、この地は不思議と安寧(あんねい)を保ち始めた。信用を勝ち得たシャニは次第に(ぜい)の限りを尽くし始め、やがて自分の城を建造、タージ=マハルに勝るとも劣らない、白大理石と黒大理石の対をなした円屋根(ドーム)状の宮殿を完成させる。