若旦那様の憂鬱

「ほっとける訳ないだろ。」

柊生はそう言って、花の腕を掴み車に連れて行く。
助手席のドアを開け花を乗せ運転席に戻る。

触れた柊生の手が冷たくて花はびっくりした。

「なんか、ごめんね…ありがとう。」

「直ぐだから気にするな。」

直ぐに車を走らせ自宅の方へUターンする。

「柊君、手が冷たいよ。寒い?大丈夫?」
心配で、花は思わず聞いてしまう。

「大丈夫だ。」

言葉少なにそう言って、それ以上の会話は無く自宅前に到着した。

「ありがとう。良かったら夕飯食べてく?カレー作ってあるよ。」

「いや、今日は帰る…。ああ、これ成人式の時の写真もらって来た。」
柊生から紙袋を受け取り、

「ありがとう。」
と、お礼をして花は車のドアを開け外に出る。

「気を付けて帰ってね。」
手を振って柊生を送り出そうとするのに、

「先に入れ。」
柊生が車の中から言うので仕方なく

「お休みなさい。」
花は玄関に向かって歩き出す。

雪解けの石畳みは滑りやすく、花の足取りはおぼつかない。
柊生は反射的に車から出て花の所へと向かう。

「きゃっ。」

花は凍りついた石畳に足を取られ尻持ちをつきそうになる。
そこにすかさず柊生は駆け寄り、寸でのところで抱き止めた。

「ご、ごめんなさい。」

慌てて花は柊生から離れようとするが、抱き止められた腕がぎゅっと抱き締められて離れる事が出来ない。

花の心臓がドキンと跳ねる。

「しゅ、柊君⁉︎どうしたの?」
何が起きたか分からない花は瞬きを繰り返すばかりで、

「……見合いになんか行くなよ……。」
そう柊生が呟く。

「えっ…⁉︎」

柊君にバレてしまった⁉︎
いつ?何で?

ずっと内緒にしてたのに…どうしよう、どうしようとパニックになる。

言わなかった事を怒られるだろうか…。
心配顔で柊生を仰ぎ見る。

瞬間、花は目の前が暗くなったかと思うと、唇に温かな感触を覚える。

えっ……⁉︎

花は、何が起きたか理解が出来ず、身体が固まり動けない。

ただ、自分なのか柊生なのか分からない、心音だけがドキドキと早鐘のように鳴り響く。

そっと離された唇は言葉を失い、花はひたすら柊生を見上げ瞬きを繰り返す。

柊生は熱く溶けそうな眼差しで花を見下ろし、パッと離れたかと思うと、足早に車へ乗り込み走り去る。

1人残された花はしばらく佇み、真っ白になった頭で何とか状況を理解しようと試みる。

えっ……私……今……柊君と……キスした⁉︎

衝撃的過ぎて、しばらく動く事が出来なかった。