若旦那様の憂鬱

どうしたものか…。

だからと言って、花を手放すなんて今の俺には不可能に近い。

ほんのちょっとでも、花に色目を使って男が近付いて来ようならば、気が狂いそうだ。

はぁー、と大きくため息を吐く。

分かっている。花は誰のものでも無い。
自由に生きるべきなんだ。

俺だって兄の顔をした、ただの男だ。

花を愛して止まない、ただの男なんだ…。

ああ、気持ちが溢れ出そうだ…。

仕事終わり、久々に弓道場へ行く。
入口の鍵を開け射場に入る。

冷え切った部屋はシンと静まり返り怖いぐらいだ。

いくら老舗旅館だとしても、庭に弓道場があるのは珍しいだろう。祖父の趣味で、ここで子供達に弓道を教えていた。

俺も康生も一緒に教わっていたが、祖父が亡くなってから康生はサッカーに軌道を変え、俺はなんだかんだと大学まで弓道を続けた。

今は祖父の教え子が借りに来たり、近くの中学校に貸したりして活用してもらっている。

磨きこまれた床に正座して姿勢を正す。

何か心に迷いがある時、1人になりたい時にここに来ては気持ちを整える。

どんなに気持ちを整えても、花への思いを消し去る事が出来ない事ぐらい分かっている。

勝手に、一方的に溢れ出そうなこの片想いをどうにか消し去りたいと、何度ここで坐禅を組んだのだろうか…。

その都度に打ちひしがれて結局どうする事も出来ず、今の今まで捨てられ無いでいる。

いっそ、花にこの気持ちを伝え、玉砕すれば新たな道へ歩む事が出来るのだろうか。

そうなれば、きっと兄でも居られなくなるだろう……。

それでも物理的に離れる事が出来ない。

この先、花の結婚式に出産やいろいろな未来に関わる事になる。

花と誰かが幸せに笑っているのを見る事に、俺は耐えられるだろうか?

目を閉じて想像してみる。

柊生の頬に一筋流れ出る涙が光る。

ここ、何十年も泣いた事など無かったのに…

自分自身でも呆れてしまう。

しばらくそこに留まり心を無にする事を試みたが、結局邪念を取り払うる事は出来ず。

はぁーとため息を吐き、射場を離れる。

今夜は花に写真を届けに行く事も出来そうに無い…。

そう思い、車に乗り込み自宅へ帰る。