『うん,そこに……タクシー1台で』



引き摺られるように,俺はどこかに運ばれる。

途中,すれ違った居酒屋から焼き鳥の匂いがもわんと香って,俺は目を開けた。

つーか,こいつ……



『誰』

『俺? 寄井 碧。25で,あの店の常連』



そういうことじゃ,ねぇ。



『へー,その反応,知らなかったんだ。まぁいいけど。ね,君,欲求不満なの?』



カクンと膝の力が抜ける。



『おっ,と』



寄井と言う男は,案外がっしりしていて。

俺の背中に回していた手を脇に挟むと,余裕で受け止めた。

なんってこと言うんだこいつ。

俺ら,話すのも初めてだよな?

年下に君と呼ばれるのも,今までに無い経験だった。



『聞いてたのか』

『うん』

『そんな話じゃ無かったはずだ。……あ? そう間違っても無いのか……? 俺にもそれなりの欲はあるが……』



萎える。

女と言う俺と無関係な対象としてなら,話は別だが……

俺を畏怖する人間を見て,変な気は起きない。

そうとしか言いようがない。

頭がくらくらした。

理由はいくらでもある。

酒でも日常でも,俺を支える不気味とすら言える男でも。

だけど1番は……



『じゃあ,俺と……する?』



イタズラに囁かれた,そんな言葉のせいだと思う。