男はそれを聞いても目をすぼめただけだった。
 
「結構なことではありませぬか。上の席が一つ空けば、そこへ下の者が食い込む余地も出来ましょう。戦も起これば起きたで、(いさお)しを立てることも可能になる。平和を望んでいるものばかりではないということです」

 悔しそうにレクシオールが歯噛みする中、男は白刃を更にレクシオールへと近づけてゆく。

「さあ、そろそろ問答も終わりにしましょう。大人しくして頂ければ、さして苦しまずに送って差し上げますが」
(あの男は……まだなのか!?)

 舌打ちするレクシオールの額から汗が流れ、リュミエール達が悲鳴を上げた。

「レックス!」「「公爵様!」」
「……下手に動けば、あの娘達を先にお送りすることになるでしょう。もっとも、聖女には手を出すなと言われていますがね」
(やはり、俺の殺害と、リュミエールの身柄の確保が目的か……)

 突き出された刃がレクシオールを追い詰め、後ずさった彼の背中が馬車の側面に着く。

 もうこれ以上後ろには下がれない……。