だが俺は、その気持ちに答えてやれない……それをしてしまえば俺は、自分を保てなくなってしまうだろう。

(あの頃は、迷うことなく全てを信じていられたのに……)

 昔の記憶がまた頭によぎった……一番楽しかったのは七つか八つくらいの頃。まだ父母が二人とも元気だった時のことだ。

 あの頃は、遠慮なく母に甘え、父に抱きつくことが許された。

 思うまま日がな一日敷地を駆けまわり、疲れて帰って来ると食事で腹を満たし、明日を楽しみに眠る。全てに満ち足りたそんな日々が、ずっと続くのだろうと疑わずにいた。

 しかし、そんな時間は永遠では無い。
 数年前に、父と母はこの世を去った。それは人よりたまたま早く別れが訪れただけの話だと……納得しているつもりだった。

 大切な物を失う体験の前に、俺は必死に学び、もがいて多くを身につけたが……しかしどうやらそれも所詮上辺だけで、弱かった心の方には、今も大きな亀裂が刻まれたままらしい。
 
 もう一度同じような事があったら……立ち直れなくなる。そんな予感が急速に膨れ上がるのを感じた。