彼女の手には、小さな包み。
 中には、竜が絡みついた意匠のネクタイピンが入っている。
 この国においては竜は守護の象徴なので、少しでも御身をお守りいただくようにとの気持ちを込めたつもりで用意した婚約者へのプレゼントだ。

 王太子カシウス――背の高い、明るい金の髪に空色の目をした細面の美青年。

 レースのクロスが敷かれたテーブルをいくつも越えた先の一番奥で、彼は大勢の友人や来賓(らいひん)に囲まれ、忙しそうにしている。

(今は、よしておこうかな……)

 リュミエールは飾られた大きな花入れの(つぼ)()()()()がわりにしてそれをしばし眺めた後、目立たぬように壁に寄り掛かり、ふうと息を吐いた。

(やっぱり、こういう場所は苦手だわ……)

 数年前の辛い記憶が彼女の頭から(よみがえ)る。

 ――それはある貴族の庭園で行われた、もっと小規模な茶会程度の(もよお)しであったけれど、リュミエールにとっては初めて訪れた社交の場であった。

 多くの不安と少しの期待で胸を一杯にしながら姉二人に連れられて出向いた彼女は、そこで悲しいことにひどい罵倒を浴びせられることになったのだ……。