ムショうの


 放課後の教室だった。

 わたしは普段めったに行かない職員室に寄ったあとで、偶然、その現場を通りかかってしまった。

 カバンはもう持っていたし、教室前に寄らなくたって、横切らなくたってよかったのに。
 ちがうコースだってあったはずなのに、毎日教室に向かう足は、いつもの廊下に慣れていて。

 教室内は、すごく騒がしかった。

 きっと中に残っているのはアオイたちだって、すぐにわかって、耳に入ってくる話の感じ的に、あ、なんかいやだなって、立ち止まってしまって、でも、だから、すぐに行く方向を、変えようとしたのに。


「アオイさぁ、なんでおまえ、キスしかしなかったの?」

 興味を含んだ、声が聞こえた。
 心臓の内側が、とてもヒヤリとした。

「…なんでって」

 アオイの声。
 わたしに、キスしてもいいかと、たずねた声。

「ばっかお前!自分んち連れ込んだら、そっからは領域じゃん」

 興奮味をおびた声が、鼓膜に切り込む。

 ヒヤリ。ザラリ。
 ハッ、と息が漏れて、ノドを一突き、自分の弱点を言い当てられた瞬間、みたいな気持ち。

 無意識に後ずさってしまい、キュッ。
 わたしの上靴が、廊下とこすれて、わりと大きな音が鳴った。うのちゃんの車が、急カーブしたときのような音。

 目があった。教室の中と外。

 アオイの綺麗な目が、大きくなった。

 わたしの目も。這うように、背中に鳥肌がたつ。