黒板とのあいだに、アオイの背中を見た。
漢文の授業だった。アオイはそう何度も顔を上げ下げせず、一度じっくり黒板を見てから、ノートに書き写していた。
頭にたっぷり情報をためてから、はきだす。手が疲れたら、にぎって、ひらいて、指の運動。
筆圧、強めなのかな。一番うしろの席では、そんなことに気づける。
いつもじっくり見ることのない背骨。目を細めて、ほんの少し曲がった弧を、なぞった。
べつに、座高が高いわけじゃないんだよなぁ。身長は高いけれど。
アオイはすこし底が高めの洒落たスニーカーをはいていて、それをのぞいても、並んだときはわたしが見上げる形になるから。
この人が、わたしのつきあっている人。でも、これからはわからない人。
まるっきりの他人じゃない、でも身内とはちがう、いつか話すこともなくなる可能性が、ある人。
ノートに、漢字を連ねる。書きながらふと、昨晩の家での会話が、頭をよぎる。
死ね、とか、離婚、とか、なんとなく、とか、理由があるわけじゃ、とか。
男女の仲って、ものすごく不確かなんだな。友情とはまたちがう。 その瞬間でかわる。ゼロか、イチか。アリか、ナシか。
それって、口の中でシュッて溶けちゃう、わたあめみたい。ちがうな。そういうのじゃ、ないな。きっともうちょっと、苦いもの。
一時間目後半からずっと、苦いものばかり想像していたら、口のなかが本当に苦くなっていた。
そんなときだった。
わたしが、アオイたちの話を聞いてしまったのは。



