「カバディ、カバディ……」

カバディと言いながら攻撃していた昴。相手をタッチした。彼は俊足で自分のコートに戻ろうとした。これを予知した彗は彼の足首を掴み、倒した。

「くそ」
「今のは完全に分かったぞ。俺がわかるんだから敵には通じないぞ」

カバディとは。イメージはドッチボールのコートを思い出して欲しい。七人対七人の素手で行う格闘技。攻撃手は一人、相手コートに入り相手にタッチして戻ると言うものだ。
敵陣のコート奥を踏めば2点。一人タッチすれば1点。そしてタッチされた相手はコートの外になる。
たくさんタッチして帰ってくれば良いのだが、敵はそうさせまいと攻撃手を捕まえて倒す。自陣に戻れなかった場合、攻撃手はポツンとコートの外となる。
コート外の選手は味方が点を取れば帰って来れられる。メンバーの増減がある面白いスポーツだ。

インド発祥の競技。攻撃中はカバディと言い続けなくてはならない。これをキャントという。息が上がるため攻撃時間は30秒から1分ほどが一般的だ。

昴は攻撃手《レイダー》。彗は守備手《アンティ》である。
弱小チームであったが、他のチームは人数不足で廃部となり途絶えたので今年は結構いけると彼らは思っていた。

そんな練習を終えた二人は、夜道を一緒に帰っていた

「そうだ、本を返すよ」
「読んだのか。どうだった」
「まあな。今のままじゃダメだってことがわかったよ」

この言葉。彗は感動した。

「そうか。それがわかっただけでも大したものだ」
「褒めるなよ?まあ、これからだよ」
素直な昴。彗は嬉しくなった。

「ところでさ。俺の彼女の友達なんだけどさ。お前の顔だけ見て紹介して欲しいって言ってるけど」
「どんな女だ。写真は」
「萌子は可愛いって言ってるけど」

彗の彼女萌子。美人だった。そんな彼女が可愛いという紹介に昴は胸が躍った。

「この萌子の後ろの子だよ」
「……ダメだな」

ぽっちゃり彼女。昴的には可愛くなかった。ふんと顔を背けた彼に彗はため息ついた。

「やっぱりな。でもな。向こうも顔目当てだし。これはしょうがないか」
「おいおい。それはそれで傷つくんだけど」
「だってそうだろう?」

ムキになる彗。これに昴が言い訳をした。

「そう言ってもな。せっかくなら好きな女の子と付き合いたいじゃねえか」
「お前のようなわがまま男。付き合ってくれる女の子がいればいいけど」
「はあ?俺のどこがわがままなんだよ」
「もういい。じゃ、お疲れ」

彗と別れた昴は家に帰った。家には生意気な妹がいた。

「おかえり。どうしたの」
「うるせ。どいつもこいつも」
「お母さんは遅くなるって。これレンジでチンして」
「お前がやれよそれくらい。全く」

ぶつぶつの昴は嫌味を続けた。

「あーあ。可愛い妹ならお兄ちゃん、作ってあげたよって言ってくれるのにな」

と制服を脱いだ兄に、ソファに座る妹はせせら笑った。

「あーあ。カッコいいお兄ちゃんならな……。『そんなことしなくていいよ?洗い物は俺に任せておけって』言ってくれるんだろうな、あーあ、いいな」

クッションを抱きしめる妹の茜。彼女は話を続けた。

「今日はね。同級生の男の子がさ。帰りが遅くなったら心配だよって茜を送ってくれたんだよ」

「キックボクシングのお前をか?必要ないだろ」
「……サイテー。だから彼女ができないんだよ」
「う」

食卓についた昴。小さな声でいただきますと箸を持った。
茜はテレビを見ていた。

「なあ、茜」
「何」
「兄ちゃんってさ。結構いけてると思わねえか」
「ちょっと!お酒でも飲んでいるんじゃないでしょね?」

慌てた茜は落ち込んでいる兄に、眉を潜めた。仕方なく彼女は兄に麦茶を注いでやった。

「何よ。またフラれたの」
「フラれる以前だ。彗には人として終わっていると言われたし」
「ついにか。彗ちゃんにトドメを刺されたか……」

うるさい兄だがどこか憎めない。茜は兄のご飯のおかわりを装ってやった。

「お兄ちゃんはさ。まずさ、小さい親切に気がつくことから始めたら?」
「どういう意味だよ」
「まずさ。茜を送ってくれた話だよ」

確かに妹は強い。なのでいつもお前は平気だよなと男子に思われてしまうと麦茶を飲んだ。

「だからさ。男の人って他の細身の女子ばっかり優しくするんだけどさ。茜だって夜道は怖いよ」
「まあな」
「それにさ。そういう女子ってさ。男子に構って欲しくてそういう雰囲気を出しているズルいのもいるんだよ」

茜は思い出したように語り出した。

「重い物だってさ。『持てないー』で終わりだよ?でもさ。茜は何回かに分けて自力で運んだんだよ。だってみんなでやることだもの。でもさ。男子ってそういう女の子の分も運んでさ、後片付けは茜に任せて知らん顔だよ」
「お前も持ってもらったらいいじゃねえか」
「あのね」

茜は体制を整えた。


「その女は結局何もしないんだよ。結婚しても旦那の給料で浪費して、子育ては親まかせ。自分で作ろうとせずなんでも買ってくる。ママ友に見栄を張ってセレブを気取るに決まってるよ」
「お前、すげえな」
「婆ちゃんがそう言っているの!でもね。そんな中、茜みたいな女の子の頑張りをわかってくれる人って世の中にいるわけよ」

茜はちょっと頬を染めた。

「今日はさ。茜と他の人で最後まで残って後片付けしていたの。そしたら同級生の男の子がさ、女子の茜が運んだのに、何もしないなんて最低だって怒ってくれたし」
「そいつはいいヤツだな」
「でしょう?見かけはひ弱でどうしようもないけどさ。人を見る目はあるんだな、これが」

現実的な妹の話。昴は胸が痛んだ。

「そうか。兄ちゃんもそういう目線で生きていかないとダメなんだな」
「少しわかった?あ、メッセージが来た!片付けよろしく」

部屋に駆け込む妹。恋を知らぬ昴はクイズ番組の画面に深いため息をついた。


五話 完