声が出なかった。

一瞬、原さんの代わりに舞台に立つ自分を本気で想像してしまったのだ。


自然と目線が下がり、手がガクガクと震えて出す。


だけどイトウさんは、そんなわたしの様子には気が付かないようで。




「この台本、原麗華を目立たせるようになってる一方で、初心者の彼女でも覚えやすいようにかなりセリフが簡素化されてる。武藤ちゃん、前見学に来たとき渡した台本を熱心に読み込んでたし、これから覚えられなくもないんじゃないか?」


「あ……いや……」


「確かに原麗華目当ての観客が多い以上、彼女が出演しないとなれば苦情が殺到するのは免れない。だけど、この直前になっていきなり中止になるよりは、代役を立ててでもやった方がマシだろ」




震えが最高潮に達する。


だめだ。絶対に絶対にだめなのだ。


──わたしが芸能界を退いたのは、神山愛子(お母さん)関係のストレスが蓄積されていったからだった。


だけど直接的な決め手となったのは、台本を覚えられなくなってしまったからだ。


心因的な理由で引き起こされたと考えられるその症状は、……今も治っていない。