空は雲ひとつない澄み渡る青、花々が咲き乱れる陽光の春。

 我が国の大聖堂の控室。私は純白のドレスに身を包んでいる。胸元は見事なバラの刺繍が施され、腰から下は幾重にもシルクの布とレースが重なり上品に広がっていくデザインだ。背中は大胆に見せて、大きな白のリボンが引き立っている。後ろは美しい刺繍と真珠が散りばめられたロングトレーン。深紅の髪はシンプルにまとめ、真珠のイヤリングで上品に着飾った。ブルーダイヤのブレスレットももちろん身につけている。

 魔王戦から半年、被害地域の復興は急ピッチで進められた。

 クリス様が作った聖剣の模造剣は、お兄様もキース様も所持していて、魔物を薙ぎ倒し被害を最小限に抑えたとのこと。
 今や、生徒会メンバーだった面々は国の英雄としてもてはやされていた。
 
「お綺麗ですよ」
「ありがとうございます。キース様」

 お兄様もキース様も無事でよかった。そこへドアがノックされる。

「リディア様! 来ちゃいましたー! ひゃー! 綺麗ですね!」
「ありがとうステラ」
「おめでとう」
「ありがとうございます」

 アラン様とステラが仲睦まじくやってきた。

「もしかしてこのドレス」
「そうよ。サンドラが作ったの。素敵でしょう? わたくしの希望を全部叶えてくれたのよ」

 サンドラは服飾師として再出発することになった。もう魔法が使えない身体になったらしい。
 
「もう殿下には見せたんですか?」
「いいえ? これからよ?」
「!」

 その場が凍りつく。え、私何か変なこと言った?

「お、おい、クリスより先に見たって知られたら、俺たち……」
「やばいな、リディ黙ってろよ」
「逃げるが勝ちです。退散しましょう」
「もう! 殿下は怒ったら怖いんですよ! リディア様ったら!」
「ええ!?」

 なぜかみんなクリス様を恐れてゾロゾロと退出していった。鏡に映る自分は幸せそうな顔をしている。お兄様は悪役顔だなんていうけれど、ゲームの中で見ていた『リディア』とは別人だわ。それはきっと、クリス様のおかげ。



 魔王戦の後、王城へ戻った私たちは、すぐに国王陛下に謁見した。魔王は弱体化して捕らえた事、王都はステラの光魔法で浄化され木々が芽吹き始めていることを報告する。
 国民の被害も最小限であることが分かり、翌日から早速復興作業が始まることとなった。

「よくぞ無事で戻った。クリストファー。そしてリディア」
「ありがとう存じます」
「父上。国の再建の目処が立ちましたら、すぐに私とリディアの結婚式を挙げたいのですが」
「!」
 
 クリス様の発言に思わず目を見張る。え、結婚式!? わ、私と!?

「いいだろう。他国への牽制にもなる。なるべく早めに執り行うこととしよう」
「ありがとうございます」

 国王陛下は穏やかに私達に微笑みかけてくださった。それは国の主というよりは、クリス様の父親として、息子の門出を祝うかのような柔らかな笑みだった。


 ふわふわとした気持ちで謁見から戻り、クリス様に手を引かれるがまま王城の中を歩く。王城は魔物の攻撃を避け無事だったようだ。そういえばゲームでも無事だった気がする。
 ぐるぐると細い螺旋階段を登ると、高い塔の上に出た。以前、妃教育で王城の仕組みを知るために登って以来だ。

 ところどころ瓦礫の山となっている場所もあるが、木々が育ち草花が咲いた街並みは遠目で見ても美しい。空は青く、鳥達も飛び交い、風も気持ちがいい。

「綺麗ですね」
「ああ。しかし家を失った者もいるだろうから、これからなるべく早く再建していかなくては」
「そうですわね」

 孤児院の子ども達は大丈夫だっただろうか。王都だけではなく他の所領の被害も気になる。本当にこれから忙しくなるに違いないわ。険しい顔で考え事をしていると、クリス様が、私の眉間の皺を人差し指でツンとした。
 驚いて彼の顔を見上げると、朝日を浴びて輝く優しい微笑みを携えたクリス様と目が合った。

「……リディの笑顔が好きだ」
「!」
「一生懸命で、筋トレもする、剣術が上手な君が好きだ。悩む姿も走る姿も、涙に濡れる姿も愛おしい。だけど一番はリディの笑った顔が好きだ」
「……っ」

 クリス様は私の手を取った。大きくてゴツゴツとした手で包まれる。風で冷えた手が、大きな手で温められていく。
 キラキラと輝く薄青の瞳が真っ直ぐに私を射抜いた。目が、そらせない。