「ゲームの世界と何でこんなに違うんだろ」

 ステラのその小さな呟きに、私は驚愕した。

(ゲーム!? この子、ゲームって言った!?)

 この世界が『ゲーム』だと知っている。そしてその『ゲームの世界』と今が、違うことを知っている。それは紛れもなく、ステラも転生者だということだ。
 肩を叩くと、ステラはまずいという顔になった。

「ど、どうされたんですか? リディア様」
「……ペンを、落としていたわ」
「あ! ありがとうございます!」
「ステラさん……ちょっと来てくださるかしら!」

 私はステラの腕を掴むと、無理矢理ステラを連行した。そして学園と森を結ぶ裏庭にやってきた。ここは魔物が出る森の入り口もある為、危険度も高く、生徒は滅多に近寄らない。秘密の話をするにはうってつけの場所だ。
 この間、ステラとクリス様が逢引していた場所なので何となく複雑な心境だが、そんなことを構っていられない。

「あ、あの……大事なお話がありますの」
「なんですか?」

 突然腕を引かれ連れて来られたことに、苛立ちを隠そうともしないステラ。素直な感情表現に思わず貴族社会では生きていけないことを指摘したくなるが、今はそれどころではない。
 息を整えると、意を決して私はステラに疑問をぶつけた。

「──あなたは、転生者、なの?」

 私のその問いに、彼女は目を見開いた。そして私も転生者なのだと理解したのか、可愛いヒロインの顔がどんどん歪んでいく。愛らしい顔も急に真顔になると、結構怖い。

「あ、いえ、なんでもな──」
「あなたがシナリオを変えたのね!!」

 さっきまでの鈴の音のような可愛らしい声ではなく、低い地を這う声でキッと私を睨みつける。そしてものすごい迫力で私に詰め寄ってきた。

「おかしいと思ってたのよ! 聖女様って悪役令嬢なはずの貴女が呼ばれてるし、攻略対象者に全然会えなくて、イベントさっぱりこなせていないの!」
「あ、ご、ごめんなさい」
「悪役令嬢のくせにお友達にとか言うし!」
「え、ダメかしら?」
「ダメに決まってるでしょ! 貴女にいじめてもらわないと私、誰とも結ばれないでしょ!」

 そりゃあ、ゲームのシナリオ通りにことを進めるためには、私は彼女をいじめなくてはいけない。だけど。

「言わせてもらいますけど! こっちは命懸けなのよ! ステラをいじめたら、リディアは大体魔王戦で死ぬのよ!」
「た、確かに……」

 悪役令嬢であるからか、凄むと迫力が増すようだ。ステラは少し怯んだ。可愛らしいお顔のヒロインに威嚇してしまうと本当に悪役のようだけれど、ここはビシッと反論したかった。

「シナリオの通りなら、私の母は亡くなり、お兄様はチャラ男になり、私は死ぬの! しかもこの国だって壊滅状態になるじゃない!」

「そうよ。だから私がこの国を救うのよ! そういう創世の話でしょう?!」

「嫌よ! 私はここに生きてるもの! 救えるものは救いたい。私の命も大切な家族もこの国も、全部救いたいのよ!」
「っ!」

 私の熱量に圧倒されているステラ。今まで家族やクリス様達に内緒にしてきた反動で、言いたいことが次々湧いて出てくる。

「リディアは悪役令嬢だからって全ルートで死ぬなんておかしいじゃない! こんないかにも『悪役です』って見た目で生まれ育って、こっちは簡単に友達も作れずに大変だったのよ! 思い出してからずっと筋トレして修行して、やっと力をつけてきたの! 魔王が復活したら、沢山の関係のない人も犠牲になるかもしれないわ! 私は聖魔法で全部守って、守り切ったら、生き残って神スチルを見学したいのよ!!」

「か、神スチル?」

 ハッとした時にはもう遅かった。
 まだヒロインが誰を攻略したいか分かっていないのに、スチルの話をしてしまった。

「と、とにかく、わたくしは悪役令嬢だけれど、あなたの恋を応援しますから!」
「はぁ?」
「わたくしの目標はヒロインと攻略対象者の恋を見守って、生き残ることなの! だから力の限り応援しますわ!」
「ありがとう……ってもうすでに色々邪魔されてますからね!?」
「こ、これから挽回するわ」

 ステラは私の言い分に納得しつつも、「いやでもやっぱり、シナリオ変えすぎじゃありません?」と不満そうだ。

「で、神スチルってどのシーンのことです?」
「それはもちろん……! って貴女がそのルートに進むか分からないし」
「大丈夫です。参考にしないんで」
「しなさいよ! わたくしが命をかけて見たいのに」
「私だって人生賭けてますからね?」
「とにかく! 沢山シナリオを変えてしまったことは謝るわ。わたくしに出来ることはお手伝いしますから!」
「……ありがとうございます」

 こうして、少々不満そうなステラと私は、無事に協力関係を結んだのだ、と思う。たぶん色々言いたいことを言い合える『お友達』になったのだ、と思いたい。