悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

 孤児院に行った後、領地のメインストリートともいえる一番の繁華街に繰り出した。

 こっそり出店巡りをするつもりが、ピッタリとクリストファー殿下にエスコートされていて逃げ出せない。お兄様と回ればいいのに! とは言っても、お兄様は聖石の発明を領民の皆様にお祝いされ、少し歩くごとに囲まれてしまう。

 したがって仕方なく私とクリスとファー殿下が二人で周ることになるのだ。護衛はいるが、表立って側に来てはくれないので、二人で会話するしかない。

「メイトランド公爵領はいつ来ても元気がいいね」
「ええ。みんな活き活きと暮らしていますわ」

 お父様が率先して若い男衆に剣術の稽古をつけたりするせいか、少し暖かい気候のせいか、露出過多なマッチョお兄さんが多い。女性も元気で大らかな方が多い印象だ。
 私たち兄妹が幼い頃から当たり前のように鍛錬をしていたのも、思えばお父様の方針だったのかもしれない。

「ディーンは相変わらず人気者だね」
「積極的な女性が多くて、女性不信気味ですけれどね」
「ははっ。でも、ディーンがいれば公爵家の未来も安泰だ。お嫁さんもすぐに見つかりそうだね。リディア嬢の嫁ぎ先は──」
「あ! あのお店のスコーンがとっても美味しいんですのよ! 行きましょう!」

 危なかった。『嫁ぎ先』というワードが聞こえてきて咄嗟に遮ってしまった。なんとしてもクリストファー殿下の婚約者になるのは阻止せねば。そして死ぬ運命を変えるんだ! ドキドキするな! 私の心臓!

 心の中で慌てながら、クリストファー殿下を案内しようとしていた、その時だ───。

「わぁぁぁぁ!!!!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「!?」

 突然聞こえてきた悲鳴に身構える。無意識に殿下を背後にして庇い、周囲を伺った。すると、路地の向こうから人々の叫び声がし、多くの人がこちらへ逃げてくる。まさか。

 お母様が襲われた事件以来、魔物が王都付近で出没することはなかった。もちろんこの公爵領においてもだ。だが、この騒動はお母様が襲われたあの時の光景と、よく似ている。

 護衛のハロルドから、預けていた剣を受け取る。殿下の護衛に「殿下をお連れして逃げなさい!」と叫んだ。

 同じく異変を察知し帯剣していたお兄様が走り寄って合流した。

「魔物か?」
「おそらく」

 人の波に逆らい、悲鳴が最初に聞こえた方へ二人で走り出した。ハロルドには「殿下をお守りして!」と言い残す。

「お、おい! リディア嬢!?」

 殿下の戸惑う声が聞こえてきたが、今は猫をかぶっている暇はない。だって、あの先にはさっきの孤児院が!

ドーーン!!

「!?」
「まずいな……」

 衝撃音のした方へ駆け付けると、大きなイノシシのような魔物がいた。そして、孤児院の入り口に衝突を繰り返している。大きな音はこの音だったようだ。初めて見るが、これは恐らくワイルドボアだ。

ドドドドドドドドドド!!!!!

 地響きのような音も別の方向から聞こえてくる。

「何だこの音」
「仲間がいる……とか?」
 
 音がする方向を見る。すると、さっきのワイルドボアがぶつかって出来たと思われる大穴が、街の外壁に空いている。その大穴から見える街道には、大量のワイルドボア達がこちらへ走ってくるのが見えた。その足音がこの地響きの正体だった。

「お兄様! あっちにも沢山いるわ!」
「……このままあの大群が来たら、孤児院だけじゃ済まないぞ」

 しかし、遠目で見える大群よりも、ここで衝突し続けているワイルドボアの方が随分大きな個体に見えた。孤児院が壊れて崩れるのも時間の問題かもしれない。中から悲鳴も聞こえてくる。子ども達はあの中に逃げ込んだのかもしれない。

「聖石の使い方をマスターしてる騎士はあまりいない。俺たちだけでやるぞ」
「……分かったわ」

 魔物と対峙するのはこれが二回目。
 自然と手が震える。

ドォォォォォォン!!

「!」

 ワイルドボアがまた孤児院に衝突を始めた。小さな悲鳴が聞こえる。
 
(今は震えてる場合じゃないわ!)

「わたくしがあの一番大きいやつを倒すから、お兄様はあの大群なんとかして!」
「……逆が良かった……。まぁ、任せとけ。怪我すんなよ」
「すぐお父様達が来るわ! 行くわよ!」
「あぁ」

 そうして私たちは別々の方向へ駆け出した。私は孤児院の方へ。お兄様は大群が押し寄せる街道の方へ。