魔法のいらないシンデレラ【書籍化】

「お客様、大丈夫ですか?」

声をかけられ、瑠璃は改めて長身の男性を見上げた。

ホテルのスタッフなのだろうか。

身をかがめるように瑠璃の顔を優しくうかがい、落ち着いた雰囲気で瑠璃の言葉を待っている。

「あ、はい。大丈夫です」

そう言ってはみたものの、瑠璃は自分の顔がこわばったままなのをどうにも出来ずにいた。

和樹の強い口調が思い出される。

(あとで何を言われるのだろう…)

そんな瑠璃の様子を見て、男性がそっと背中に手を添えてきた。

「少し座りましょうか。あちらのソファへどうぞ」

うながされて、瑠璃は大きな柱の後ろにあるソファに腰を下ろす。

そこはロビーにいる人達からは死角になっていた。

何度か深呼吸を繰り返すうちに、ようやく気持ちが落ち着いてきた。

瑠璃は、片膝をついて自分の様子を見守ってくれている男性に頭を下げる。

「あの、助けて頂いて本当にありがとうございました」
「いえ、大したことでは。それよりこのあとどうされますか?お部屋を用意致しますので、少し休まれてはいかがですか?」
「えっ?いえ、そんな。大丈夫です。このまま家に帰りますので」
「そうですか。では車でご自宅までお送りします」
「ええっ?!車なんて、そんな、まさか。一人で電車で帰れます」
「…そうですか?」

意外そうに呟いたあと、男性は少し考える素振りをしながら遠慮がちに口を開く。

「あの、大変失礼なのですが…」
「はい。何でしょうか?」
「お客様は、和樹…いえ、あの、澤山 和樹様の婚約者の方ですよね?そのような名家のご令嬢を電車で帰らせるようなことは…」
「いえ!あの、大丈夫です」

言葉を遮るように瑠璃は立ち上がり、もう一度深々と頭を下げた。

「この度は本当にありがとうございました。それでは失礼致します」

あの!と呼び止める声にかまわず、瑠璃は急いで2階への階段を上がった。