朝なけに

「お前だって兄ちゃんと一緒で、本当は俺の事なんて好きじゃねえんだろ」


それが自分に向けられた言葉だとすぐに気付かなかった。


「急に現れて、俺の事がなんで好きなんだよ…」


「中さん…私は、中さんの事本当に好きなのに」


「うっせぇな!俺の事好きだとか信用出来ねえんだよ。
お前だけじゃなく、他の奴もみんな」


中さんの表情は怒っているように険しいのに、なんだか悲しんでいるように感じる。


「私と中さん、この1ヶ月毎日一緒に居たのに…」


今、私が何を言っても中さんには届かないのだろう。
私の言葉なんて、聞いてない。
中さんが急にこんな事を言い出したのは、お兄さんである一夜さんの事でだろう。


大好きだったお兄さんに憎まれていた事が、中さんにとって大きな傷として今も残っているのだろう。
先程の一枝さんの言葉で、中さんのその心の傷が大きく開いて…。


自分が誰かから愛されている事が信じられない。


「別れよう」


「嫌だ…」


私は必死に首を横に振っていた。


「鍵、返せよ!」


中さんは強引に私から鞄を取り上げようとする。


「辞めて!」


私は必死に鞄を掴み抵抗するが、すぐに奪い取られる。
中さんは私のパスケースから、合鍵として渡されていた中さんのマンションの部屋のカードキーを取った。


「中さん!」


「もう、俺の前に現れるな…。頼むから」


私よりも中さんの方が苦しそうで、突き返された鞄を黙って受け取った。
何かを言わないと、本当にこのまま中さんと終わりになってしまうかもしれない。


けど、言葉がでなくて。


これ以上中さんを傷付ける事が怖くて、私に背を向けて歩いて行く中さんを追い掛けられなかった。