「入りたまえ。きみが文字通り格闘した扉は、もとから開いていたんだ」
「な、なんですって? なんて物騒なのかしら。泥棒とか刺客とか侵入したらどうするつもりなのですか?」

 重厚な扉は、いまは彼によって大きく開かれている。

 あれだけ苦労したのに。時間と労力の無駄遣いをしたわけね。

「泥棒や刺客? ここの主がおれだと知っている者は、そのような愚かなことはせんな。知らぬ者は、侵入したが最後、最期になるだけだ。だから、戸締りなど必要はない」
「はぁ……」

 とりあえず中に入ってみた。

「うわあ」

 エントランスの中央でくるくる回ってしまった。

 どこもかしこも味があるわ。いまの建築様式の派手さはない。だけど、(いにしえ)の美しさがある。石造りの壁に石の階段、彫刻まで石材である。

 頭上のキャンドルシャンデリアの淡い光の下、その良さを地味に醸し出している。

「腹が減っているだろう? 客間は二階だ。そこを使ってくれ。気に入らなければ、どの部屋でもいい」
「ちょっ……」

 彼は一方的に告げると、さっさと石の階段を上りはじめた。

 慌ててあとを追う。

「ここだ。すぐに夕食にしよう。荷物を置いたら食堂に来てくれ」

 彼は、階段を上りきってすぐの部屋の前で立ち止まった。そして、わたしにトランクを押し付けた。またもや一方的に告げると、さっさと階段を降りて行ってしまった。

「な、なんなの? わたし、侍女よ。どうして客間なの? どうして夕食をいっしょにするの? というよりか、どうしてあんなに親し気なの?」

 だれもいない階段に向っていくつもの疑問をぶつけてしまう。