静かに風が吹く。





しゃがみ、手を合わせていた少女は、十字架に話しかけた。

「貴方、今は幸せ?」

十字架は日光を浴び、きらりと光る。

白いベールで顔を(おお)い、装束も白色である彼女は、眩しそうに目を細めると、静かに立ち上がった。



「ごめんなさい‥‥今日は任務があるの。また来るわ、遥‥‥」



淡い色の金髪をまとめ、ハーフアップのお団子にしたその少女。
そのままキーホルダーのようなものを手に取り、立ち去ってゆく。




風は、彼女を追うように、静かにやんだ。
「Haruka.S」
十字架の真ん中には、そう刻まれていたのだった‥‥‥。












「おまたせ、翼くん。ごめんね、こんなところで待ってもらって。」





私は目の前に立つその人にそう言った。






「いいって、真珠。というよりあの花束、一体何のためだったんだ?」






その人に問われ、私は苦笑混じりに返す。




「もう忘れたの?今日は彼の命日なのよ...。にしてもあなた、ほんっと気づかいがないわね。他人がここで感傷に浸っているというのにっ!」


そう返しながら、私は思い出す。昔の、もう戻らない思い出を......







記憶の中の彼は微笑んだ。




口元に笑みを浮かべていてもなお、目は月夜の下光る刃のように、危険な冷たさを感じさせる。

それでも、綺麗だった。

しかし、神の産物かと思うほどの美形を併せ持ってもなお、彼の冷たさは拭いきれていなかった。






私にとっては、彼は美しかった。

その冷たさ、その獰猛さ‥‥全て、私にとっては美しく、愛しいものだったのだろう。




美形であるということも合わせ、彼よりも美しいものは、その頃の私にとってなかった。









彼は、私とふたりきりのときだけ、その微笑みを見せてくれた。



他の人には、たとえ兄弟であっても、その表情(かお)を見せることはなかった。







私にとっても彼にとっても、互いだけが救いだったのだろう。それは今になってようやくわかる。




『し、ん、じゅ......なぜ俺の言うことを聞かなかった?!あれだけきけと言っただろ!!』


彼がそう言い、私が立ち上がれなくなるまでずっと、叩かれたこともよくあった。







そのせいで私の視力は落ち、今も色しかわからない。


あの頃はもっと酷く、体中にも、アザができていたりして、体の原型すらわからなかった。







それでも彼は、理性が戻ったあとはずっと、私にひたすら謝り、私を撫でてくれた。






『真珠が全てだから...お願いだから、捨てないで...』


そう言ってくれる彼がとてももろくて、私は彼と共にいた。













そう、あの日までは......














私は車の窓から、空を見る。
ーーーーーーー悲しいほどに、澄み切っていたーーーーー