私は人形のように担がれて、車椅子に乗せられていた。
 そのまま、駅長事務室に入っていく……。

 若い駅員に支えられながら応接用のソファに移動すると、あとから入ってきた美咲さんも私の隣りに座った。
 そこに居た駅員達が慌しく動きだし、警官がゾロゾロと入ってくる。

 大変なことをしてしまった……。

 太った警官と年配の駅員が何か言葉を交わし、私の方に寄ってくる。
 背の高い警官が、軽蔑するような眼差しで私を覗き込んだ。

 簡単に済まされることではない。

 でも、確か、美咲さんはこれから仕事に行くはず……。これ以上、時間を取らせてしまうのは申し訳ない。

 私だけの問題だ。私が、電車に飛び込もうとしたんだ。

(早く、美咲さんを解放してもらわなきゃ!)

「私が、飛び込もう……」

 そう言い掛けると、

「貧血か何かを起こして、倒れたみたいです!」

 美咲さんが、キッパリと言い切った。

(貧血で倒れた? 飛び込もうとしていたことは分かっているはずなのに……)

「あの、美咲さん?」

 親しみを込めて呼んでみたけれど……。美咲さんは声を掛けるなオーラ全開で、素知らぬ顔をしている。

 美咲さんは、忘れてしまったのだろうか? あの世界で、一緒に過ごした日々を……。

 ドアが開いて、また誰かが入ってきた。

「世奈!」

「あっ……、ママ!」

 ノーメイクにGパン姿の母親だ。
 バタバタと走り寄ってきて、私の顔と身体を確認すると、震えながら抱き締めた。

「こちらが、助けて下さった成瀬美咲さんです」

 太った警官が、私が貧血で倒れたと母親に告げ、美咲さんを紹介している。

「成瀬、美咲さん……。なんとお礼を言ったら良いのか……。本当に、本当に、ありがとうございました!」

 美咲さんにしがみ付いて、母親が泣いている。

 親不孝をしてしまった……。
 ママ、ごめんなさい。

 優等生だった私を、いつでも誇りに思ってくれていたママ。ママが喜んでくれるから、なんでも頑張ってこれた! なんでも我慢できた!

 それなのに……、結局、パパとママを一番悲しませることをしてしまった……。

 背の高い警官が私の生徒証を眺めながら、一応学校にも伝えようと隣りの警官に話している。貧血という理由だけでは終われないようだ。

 校則の厳しい学校だから、事件となれば退学になるかもしれない。また、母親を泣かせてしまうけれど……、
 不思議と全てを受け入れる覚悟ができていた。

 以前のように、他人の評価が気にならなくなっている。良い子でなければいけないという、拘りがなくなっている……。

 重くのし掛かっていた鎧のようなものが剥がれ落ちていくようで、心が晴れやかだ。

 私に足りなかったのは、やはり覚悟だったんだ……。

 一つの道に拘らなければ、道はいくらでもある!

 警官達の悶々とした空気を断ち切るように、いきなり美咲さんが立ち上がった。

「貧血で倒れた子を私が支えただけです! 電車だって普通に動いてるし、別に問題ないんじゃないんですか!」

 毅然と言い放つ美咲さんの言葉に、警官や駅員、そこに居る全員が納得している。というより、そこに居る誰もが、女優のようなオーラを放つ美しい美咲さんに見惚れている。

 シルバーのネックレスやブレスレットを上品に煌めかせ、白のジャケットをシャキッと着こなしている美咲さん。この世界でも、やっぱり魅力的な女性だ。

「成瀬さんがそうおっしゃるなら、こちらとしても特に問題はありません」

 太った警官が、他の警官達を納得させるように言った。

 美咲さん、本当は……。本当は、全部覚えてるんだ。
 私が自殺しようとしたことも、あの世界で起きた出来事も……。
 私の為に……、私の為に、全て無かったことにしようとしてくれてるんだ。

「あの、仕事があるんで、もういいですか?」

「あっ、お時間取らせてしまい申し訳ありません。ご協力、ありがとうございました」

 美咲さんと太った警官が、この騒動を丸く収めようとしている。

「あの、連絡先を教えて頂けますか? また、改めて、お礼をさせて頂きたいのです」

 そう言って、母親が美咲さんを引き留めた。美咲さんが、名刺のようなものに携帯番号を書いて母親に渡している。

 やったぁ! ママ、ナイス!! と心で叫んでいた。

 美咲さんと、また繋がっていられる……。前世でも、この世界でも、美咲さんは私にとって特別な人だ!

 ダムが崩壊するように、涙が溢れてきた。

 同じ世界を、美咲さんと一緒に生きている! 
 いつの時代も、美咲さんと繋がっている!
 絶望的だったこの世界に、光が射し込んだ。

 ドアを出る前、美咲さんが振り返って私を見つめた。

“世奈、大丈夫だよ!”
 そう言っているような気がした。

 美咲さん……。涙が、次から次へと頰をつたう。

(美咲さん! 美咲さんに出逢えて、本当に良かった‼︎)

 呆気なくドアが閉まり、涙で滲む美咲さんの姿が消えた……。

 美咲さんが去ったあと、病院で診察するよう勧められただけで、私達もすぐに解放された。

 母親が、駅員や警官一人一人に、何度も深々と頭を下げている。私も一礼して、駅長事務室をあとにした。