序章
麻衣



いやあ…、もう秋真っ盛りだってのに、なんだこりゃ

今日は炎天下で暑いや

午前の9時前だけど、すでに夏日だし

ここに立ってるだけで汗、止まんないよ…

それにしても朝も早うから、これだけの人が集まるとはなあ…

今日はスーパーの閉店セールってことでね

私も朝8時から並んでるんだよな


...



「…ちょっと、あなたもひとつ持ってちょうだい。ママは手がふさがってるんだから…」

「やだー、私のお手々はお人形さんを持ってるんだもん!」

「全く、おねえちゃんなのに、しょうがない子ね!…、ああ、ちょっと気分が悪いわ…。ふう…」

私の前に並んでる親子連れなんだけど…

お母さん、背中で泣いてる子をおんぶして、前でも赤ちゃんを抱えてるみたいだ

そんで、隣に3歳くらいの女の子、両手には買い物バッグと、おむつなんかが入ってるような荷物を手にしてる

「ふう、ふう…、ああ…」

あれ…、お母さん、座り込んじゃった

「お母さん、大丈夫ですか?」

「ええ、ちょっと貧血っぽくて。この暑さで…」

「あのう、荷物、持ちますよ」

「すいません…」

なんか辛そうだな…

立てないみたいだ



...



私がお母さんを心配そうにのぞきこんでいると、若い女の人が声をかけてきた

「…ああ、お母さん、あっちにベンチありますから。休んでてください。私が代わりに並んでますから…」

「いやあ、すいません。じゃあ、少しだけ…」

あれ?

この人、確か…


...



「あら、麻衣さん!偶然ですね。…ああ、お嬢ちゃん、お名前は?」

「さっちゃん」

「そう、さっちゃんね。お母さん、具合が悪くて休んでる間、おねえさんと一緒に並んでようね」

「うん。お手々つないでくれる?」

「あのね、お手々つなぐ手で、荷物持てるかな?」

「じゃあ、お人形持ってる手で持つから、こっちのお手々つないで」

「まあ、いい子ね。今度からお母さんにも、こうやってできるかな?」

「さっちゃん、できるよ~!」

「そう、偉いわ…(笑顔)」

ミカさん…


...



「…麻衣さん、待った甲斐があったみたいですね。凄い買い占めじゃない(笑)」

「へへ…、今日は得した気分ですよ」

「麻衣さん、いえ…、あの、奥さん…。ひとつ聞いていいですか?」

「何ですか?」

「相和会の人間は、あなたの振る舞いに驚いていますよ。失礼ですが、見かけと違うって。今日だって、何もこんな暑い中、列に並ばなくったって…。あなたは倉橋親分の妻になる人ですよ。贅沢したいとか、もっと我がままに振舞うもんですよ、普通は…。それなのに、なぜ…」

「意外かもしれませんが、贅沢とかそういうの、さほど興味ないんです。おそらくこれからも…。ただそれだけなんですよ、ミカさん」

「…」


...



ミカさんとは、その後すぐ別れた

あの人は何も買わずに…

ふふっ…、偶然なんて取ってつけたようなこと言って

数日前から、人の気配が感じられてたんだけど…

あの人だったのね

ホテルで優輔さんからあの人を紹介された時のカン、やっぱりだったわ

相和会は私の警護役、南米から凱旋した”女スナイパー”を充てたと…

ふふ…、あの人が”訳アリ”なのはプンプンと臭うわ

もしや…、剣崎さん、そのこと計算済かな?

まあ、そのうち全部が分かるでしょ

さー、一回家に帰って、午後はヒールズで久美と会わなきゃ…