セメントの海を渡る女

その5
剣崎



翌日の夜遅く、俺は総本部の会長の元に出向いた

「日中、ミカが別れのあいさつにきたわ」

「…会長、すいません。自分はミカの表情を変えることができませんでしたよ。約束、果たせませんでした…」

奥の間で会長の正面に座っていた俺は、そう言って、頭を下げた

「いや、俺達が安易だったんだ。今までは二人とも、死角が見えなかった。それを、今日別れ際のミカの表情が突き付けてくれたわ」

「死角…、ですか?」

「そうだ。俺もお前も、ミカが相和会への”借り”を返せたと肩からその重い荷物を下ろせば、その後は持ち前の演技力を役者への道で生かせばいいなんぞと、簡単にな…。でもよう、そのミカが持ち得た演技力は、言語を絶する生き地獄の日々から身についたもんだった。それを、今度はやはり異国の地で生きて行くためにたどり着いた、今の”仕事”で人をだますために活かしてる。その延長に、銃や刃物で人命を奪う仕事だ。その手段としてるんだ、ミカが演じるということはな。何と残酷な現実なんだ。それを、周りの俺達がだ…、そこに目を向けることを怠って、ドライに割り切ってな。ミカに申し訳ないわ」

「会長‥」

「俺はこの1年が過ぎて、やっと気づいたぜ。ミカが北東アジアに渡ってから、すぐに銃を覚えようとしたのは自ら身を守ることであっても、その究極のところは、俺たちへの責任感からだったんだとな…」

責任感…!

俺は会長が口にしたその言葉に衝撃を受けた

そうか…、ミカは”そこ”を真っ先に考えていて、それで…

たかだか20才の若い女が、そこまでの想いを抱かせねばならないなんて…

何と痛々しい…