その2
剣崎



「長い間、お世話になりました…」

「いや、こちらこそ世話になったな。はは…、本来の相場なら、この1年で家が一軒建つくらいの額は払わなきゃならないところなんだ。どう見てもよう、5年前のこっちが動いた分を超えてるわ。どうだ…、その分だけでも受け取ってくれないか?これは会長の意思でもあるんだ」

「お気持ちだけいただきます。私からしたら、一生働いても返せないくらいなんです、剣崎さんと相和会のみなさんに受けた恩義は。ですから、それで収めてください」

「ミカ…。ならよう、自分にはもう”これ以上”を課すことはやめてくれるな?」

「はい。一応、そのラインは納得したつもりですから。自分でも…。お気遣い、本当にありがとうございます」

ミカの言葉に偽りはないと…

その時の俺は、そう確信が持てた

だが…、ミカの顔、こいつの表情が変わっていなかったんだ!

ここに来た1年前…、いや、初めて北九州のあのビルでコイツを見た時の顔とも…

それって…、何故なんだよ‼

会長の言う重い重い荷物とやらは、ミカ本人が下せたとはっきり言っているんだ

たった今、俺の目の前で

なのに、どうしてなんだよ、ミカ…⁉

...


「…明日、会長さんにお会いしたら、その足で”次”に向かいます。ああ、剣崎親分、どうしたんですか?何か、顔色が優れませんが…」

「ミカ…、教えてくれ。俺は、いや相馬会長もそうだ。…お前が相和会を離れる時は、もっと違う表情のお前と別れを交わすことが出来ると思っていたんだ。しかし、失礼な言い方かもしれんが、明日ココを巣立つのに、ミカ、お前の顔は晴れやかさがない。辛い毎日の中に身を置いてた時分と一緒に見えるんだ、俺には…。どうしてなのか…、教えてくれ!」

「…」

ミカは何やら思案している様子ではあったが、すぐに答えようとしなかった

そして程なく、俯いてしまったよ

それは何とも力なく…

俺はそんなミカにそれ以上を問うことができなかったわ

「…なら、こう言わせてもらう。今すぐは無理でも、長い間背負ってきた大きな荷物がなくなったからには、北九州で語ってくれた夢に向かって歩んでほしい。それを約束してくれ。身に付けた、せっかくの演技力を生かして本物の女優を目指すと…」

「…」

「ミカ…‼」

「今は約束できません。すいません…」

「なんでなんだ⁉なあ…!」

俺はムキになって、”何故”、”どうして”を繰り返していたよ…