その1
バグジー



今、オレの腕の中にあるもの…

今夜、オレは大切なものを手に入れたんだ

己を縛っていたものからの解放‥

そして、それをオレにもたらしてくれた女…


...



「…私、あなたと海が見たい。太平洋の海を…」

既にあたりは暗くなっていたが…

「じゃあ、千葉に行こう。だが、着くころは夜遅くだぞ。いいのか?」

「連れてって‼」

この時のミカは駄々っ子のようだったが、言いようもなく切ない表情だったよ…


...



麻衣の取持ちで、ミカと会ったのは今日が初めてだった

だが、二人は目を合わせた瞬間、互いを理解し合ったと思う

まさに一瞬でだったな 

それは、シンパシーとかってのとは異質の、わかり合えるメンタルを共有できる人間だと一目で確信を持てたということだったのだろう

喫茶店で小一時間ほど”打合わせ”をしたあと、ミカは言った

「”仕事”の話はここまでにしましょ。ここからは、年頃の男と女の会話にしたいわ」

ミカは、はにかむような表情でそう言った後、タバコを口に持っていった

すかさず俺はライターをさし向け、火を燈した

”コイツ”は、砂垣と優子からプレゼントされたお気に入りだ

シューッ!

「ありがとう…」

ミカはちょっと照れくさそうなしぐさを見せながら、ライターの火に顔を寄せていた

ミカの言う”年頃の男女の会話”は、ここでは20分くらいだったな

その間、私たちは口でより、目で語り合っていたよ


...



ザーッ…、ザーッ…

その日の夜の海は、幾分風が強かった

「もっと波に近づきたい…」

ミカは、うねるように打ち寄せる黒い波を正面にして、風になびく髪を両手でかき分けながら、訴えるようにそう呟いた

「よし、行こう」

私は彼女を先導して海に向かって歩き出した

するとミカは私のすぐ後ろに着き、ズボンのポケットに突っ込んでいた左側の肘へ両手をまわり込ませた

更に私の体を横から押すように、首と動体を寄せてきたよ


...



二人はほとんど波に触れるくらいまで、海…、いや、”太平洋”と接する距離に立った

「この”太平洋”をまっすぐ進んで、水が途絶える場所…、そこがアメリカなのよね」

彼女がアメリカで育ち、どのような境遇を経て今に至ったかは、ここに来る途中、車の中で聞いていた

「…あの当時、アメリカ西海岸の波打ち際でさ…、よくこうやって立っていたわ。夜の海をただ、眺めていたの…。このまま、まっすぐ泳いでいけば、祖国に辿り着くんだ…。そう思うと、今にも海に飛びこんでしまいたい衝動にかられたよ。…でも、そこまでの勇気はなかった。真っ暗な海を前にして、私には耐える道、待つ道を選ぶしかなかったわ…」

明りのない中、そう言うミカの表情はおぼろげだったが、心の中身はすべて透けて見えた気がした

その途端、この女を抱きたくなった

この私が、こんな気持ちになるなんて…


...


気が付くと、私の左手はポケットから抜け出て、彼女の肩に伸びていた

そしてゆっくりと抱き寄せると、彼女は両手で私の胴体にしがみつくように、ぎゅっと締め付けてきた

「ミカ、お前を抱きたい…」

「なら、この波の音が聞こえるところでお願い…」

「…それって、こんな風が強いのに、ここでってことか?かぜひくぞ、さすがによう」

「バカ、どっか海岸近くのホテルだよ。もう…(苦笑)」

ああ…、そう言うことか(苦笑)