むせ返る程の薔薇の香りに酔いながら、温室の
通路を歩きました。
去年はクラリスの誕生日に帰ってきて、ここを
歩いたかしら。

祖母が亡くなって、帰国しなかった事も忘れていました。
記憶が曖昧になってきて、頭のなかに靄がかかっている様でした。


「アグネス、ここに居たのか」

振り返れば、殿下がこちらに向かって来られていました。
貴方はいつ来たの?
疑問に思いながら、わかっていた事じゃない、と言う声も聞こえて。

『だって貴方は毎年この日はクラリスの所に来るのだから』

『姉の部屋に籠って、その後はふたりの思い出の温室を散歩する』


頭のなかの誰かが、姉の誕生日の殿下の行動を
教えてくれて……
殿下が私の腕を取って引き寄せてくれて……


9月の雨は嫌い。
私は薔薇の香りが嫌い。


そこからの記憶がありませんでした。