その1



その夜のノボルは、どこか夢心地だった…。
まるで遊園地に一日中夢中になって、心の芯まで童心に浸っていられた気分…。
そんな思いにはめ込むこともできた。

”今晩胃袋に入れた、ちゃんちゃん亭のラーメンののど越しは一生忘れないだろう。それは味ではなく、咀嚼と呑み込む瞬間の感覚…。ヘビじゃあ到底叶わん食の醍醐味だ…”

ノボルをその感覚にもたらした、その響き…。
それは”バグジー”だった…。

...


「…よし、あんちゃん、気に入ったぜ。とっておきのガイを教えたる。たまたま、仕込みたての湯気の出るネタが耳に入ったとこだったんだ。どうや?」

「ええ、是非その湯気を、この寒さでかじかんだオレの耳にください。オヤジさん!」

ノボルは思わず、麺をゆでるオヤジの右耳に視線を固定させた。
チャンチャン亭のオヤジの目印。
それは、似合わないピアス…。

”しかも、このオヤジ…、どさん子じゃねえじゃん。コテコテの関西弁だし(爆&苦笑)”

小雪舞う、北海道R町某漁港前の屋台では、”そういうこと”だった…。


...


”バグジーか…‼”

それはノボルの、大打ノボルという素の隅に、かろうじて消え去っていなかった童心という琴線を軽快に弾いたと言える。

”右手のスパーン、30センチ!握力100キロ超え!青森産のサンふじを瞬時でリンゴジュースにしちまうミキサー機能!…すげえ…”

「…そいつ、まだ20そこそこでだ、殺しまではやらんらしいのに何度もブタ箱入ってるってこっちゃ。なんでも、頭に血が上ると手に負えん暴れん坊ぶりでな。…大阪の現場じゃあ、若い女を顔面掴んで10回近くブン投げて血だらけにしてよう、サツに現行犯だってことや。サツがあと1分遅かったら、その女殺されたらだろうってな」

「オヤジさん!そいつとはどこで会えるかな?」

「うーん、日本全国を回ってるフリーランサーらしいからのう。今はもう大阪を離れたって聞いとるが…。大阪のネタ元にその辺もう一度確認してみるわ。まあ、どこいったか分からんってことやったら、すまんが。ええか?」

「ええ。すいませんが、頼みます。ここにまた来ますんで…」

「おお、木曜日には話せるやろ。待ってるで」

”バグジーってヤロウはいい。ハナシだけで文句なし、スカウト対象だ。所在が掴めたら、どこへでも行ってやる”

自分と同年代の、バグジーというその凶暴な大男を想像するだけで、ノボルは言い知れぬほどゾクゾクした。
だが…、結局、ノボルが北海道滞在中には、確たるバグジーの所在を掴むことはできなかった。