「いらっしゃいませ、今晩は。」

果穂はいつものように、今夜もキッチンカーを一人で切り盛りしていた。

閉店まで後、1時間。

そろそろ夕方の忙しくなる時間帯。

「カフェラテ1つ、後フレンチトースト下さい。」
ごく当たり前のようにそのお客様はやってきた。 

「はい、ありがとうございます。
お会計は、1200円になります。」
最近は、電子決済をするお客様も増えた為、
お金の受け渡しも少なくなった。

今回のお客様は現金派、初めて見る顔だ。

滞りなく受け渡しを終え手のひらを消毒してから作業に入る。

そんなタイミングで声をかけられる。

「君、pertica cafeの堀井翔の奥さんだよね?」

えっ……⁉︎
東京でこのキッチンカーを始めてから、
始めて翔の事を聞かれて、一瞬戸惑う。

そうだとも、違うとも言えず……。

「あの…、どうしてそんな事を⁉︎」
と、咄嗟に聞き返す。

「このキッチンカーに、堀井がよく現れるって情報があってね。」

これは翔さんとの事は隠した方が良さそうだ
と、瞬時に判断して上手に交わさなければと緊張する。

「たまに、コーヒーを買いに来て下さいます。お客様です。」

決して嘘では無い。
私の入れるコーヒーが飲みたいからと、
来てくれるうちに、忙しい時間帯たまたま手伝ってくれる様になったのだから……。

「ふーーん。
pertica cafeとコラボでもすればもっと売り上げ伸びそうなのに。」
その男は、上手く交わせたのか交わせなかったのか、分からない曖昧な答えを返してくる。

「君、名前は?」

「……ま、間宮です…。」

「可愛いね。俺の好みなんだよねー。
俺の愛人にでもならない?」
ニヤッと不気味に笑ったその男が、
コーヒーを提供しようとした私の手を、
ぎゅっとに握る。