「だって蓮司は行きたいんでしょ?」
「………」
「なら、我慢しないで行きなよ。」
「我慢じゃなくて…」
「私の仕事のためにニューヨーク行かないとか、私の親に会うためにサクラとお揃いの銀髪やめるとか…そんな風に“スミレちゃんのため”って大事なこと我慢されたら、余計辛いよ。」
「スミレちゃん…」
「私は…ごくごく普通の会社員だけど、たしかに自分の仕事を“ちっぽけ”なんて本当は思ってない。誇りを持ってやってる大好きな仕事なの。デザイナーやイラストレーターの気持ちを届けられる営業になるって目標だってある。だから辞めたくないよ。」
「でしょ?」
「だけど…私は一澤 蓮司のファンだから、勝手に…蓮司の力になれてるって思ってた自分が、いつのまにか蓮司の足枷(あしかせ)になってるって思ったら…辛くて、苦しい…」
菫の目が潤む。
「………」
「蓮司、ニューヨークに行って。」
「スミレちゃんは?」
菫は首を横に振った。
「行かない。」
「じゃあ無理…」

———ペチッ

菫が蓮司の頬を両手で挟むように軽く叩いた。
「遠く離れたって、私はここにいるよ。いなくなるわけじゃない。」
菫は蓮司の目を(とら)えて言う。
「………」
「2年も離れるって、本当は寂しくてたまらないし、不安だよ。だけど…蓮司がニューヨークに行って絵を描くって考えたら…新しい一澤 蓮司が見られるかもしれないって考えたら…楽しみで仕方ない。」
そう言って、菫は蓮司にキスをした。
「だから蓮司、頑張ってよ。私のために。」
「スミレちゃん…」
蓮司は観念したように微笑んで(うなず)いた。
そして、菫を抱きしめて、何度もキスをした。