蓮司の個展は会期中、平日・休日を問わず盛況だった。
展示していた絵もほとんどに【売約済み】の印がついた。

「一澤君。」
会期終了が近づいたある日の閉場後、蓮司に声をかけたのはギャラリーのオーナー、卯野(うの)だった。
「毎日盛況ですね。」
「おかげさまで。このギャラリーは場所もいいですよね。たまたま通りがかった人が入ってきてくれます。」
「いやいや、ここで何人もが展覧会をしていますが、通りすがりの人が入ってくるかどうかはアーティストの実力次第ですよ。ここ数年でここまで人の入りの多い作家は記憶にない。」
「そう言っていただけると、個展開催した甲斐があります。」
「それで一澤君に話があってね…」

土曜日 アトリエ
「ニューヨーク…?」
「うん。」
「それは…旅行とかじゃないよね…?」
菫が聞いた。
「うん。卯野さんの知り合いの画商がニューヨークにギャラリーとアトリエを持ってて、そこのアトリエを貸してくれるって言ってくれて…」
「ニューヨーク…」
「そこで2年間、絵を描いて売ってみないかって。」
「2年間…」
菫は蓮司の言葉を咀嚼(そしゃく)するように繰り返す。
『………』
二人とも黙ってしまう。
「…蓮司は行きたいんでしょ?」
「………」
「蓮司?」
「………俺は…」
蓮司がゆっくりと答える。
「断ろうと思ってる。」
「…え!?」
意外な答えに菫は驚く。
「どうして!?」
「…もう十分、絵で食えてるし。」
「それはそうかもしれないけど…」
「日本でいいよ、俺は。疲れたからもう寝る。」
「蓮司…」

菫は蓮司の寝顔を見ながら悶々(もんもん)とした夜を過ごした。
(行きたいから、私に話したんじゃないのかな…)