菫は小さく息を吐いた。
「無理しなくて良いと思います。」
菫が言った。
「ただ…顔色があんまり良くないように見えるんですけど…、もしかして睡眠不足とか食事してないとか…そうなってしまってるんだったら…それは良くないと思います。」
「………」
「それだけ長く一緒にいたなら、サクラだって一澤さんのことが大切ですよ。立場が逆だったら、サクラにちゃんと寝て、食べて欲しいって思うんじゃないですか?」
「………」
蓮司は少し考えて、それから肩に顔を(うず)めたまま小さく(うなず)いた。
「…寝る…」
そう言うと、蓮司はアトリエの奥にある部屋へと入っていった。
「……え…」
一人取り残された菫は大人しく帰ることにした。
「ドア…鍵開けっぱなしになっちゃいますけど…」
蓮司の部屋に外から声をかけてみるが、しん…と静まりかえってなんの返事もない。
仕方なくそのままアトリエを出ることにした。
蓮司が部屋に入っていった後、菫は広いアトリエを見渡した。
天窓から差し込む光は明るいが、蓮司の絵のカラフルな色が際立つほどあっさりとして無機質な空間は独りで過ごすには寂しいだろうと思えた。

(大好きな猫がいなくなっちゃったら、寂しいだろうなぁ…)
アトリエを後にしてからも菫は蓮司の事を気にしていた。
「あ!」
歩きながら思わず声が出てしまった。
(…契約…)
その日、菫は残りの時間で店舗回りをして会社には戻らず直帰した。