結局蓮司は30分ほど菫の肩を借りて泣き続けた。

ぽつりぽつりと蓮司が(こぼ)す言葉から、このアトリエが自宅を兼ねていること、ここでサクラという猫と暮らしていたことがわかった。サクラは蓮司が長く飼っていた猫でいつも一緒にいたが、ひと月ほど前に死んでしまったらしい。
最初は静かに涙を零すような泣き方だった蓮司だがサクラについて語るうちにしゃくり上げるような泣き方になった。
(大人の男の人がこんな風に泣くの、初めて見た。…子どもみたい…。)
背の高い蓮司がとても小さく感じた。
菫の脳裏には、肩に頭を乗せられる直前に見えた蓮司の瞳が焼き付いていた。涙で濡れた茶色い瞳がガラス玉のように輝いていた。
(吸い込まれそうな()ってこういうことなんだ…)
その表情や泣く様子から、蓮司にとってサクラがどれほど大切な存在だったのか想像するのは容易だった。
菫は自然と蓮司の背中に腕を回し、(なだ)めるようにさすったりポンポンと叩いたりした。
「…スランプも、サクラが原因ですか?」
菫の問いに、蓮司は(うなず)くような仕草をした。

「…もう描けない…」

蓮司が小さな声で(つぶや)いた。