翌週金曜の夕方、菫は明石と一緒にカンズという大型雑貨チェーンの本部商談に臨んでいた。
大型のチェーン店では、本部や商品部と呼ばれる部署でバイヤーが各メーカーと商談し、チェーン店全体のどのくらいの店舗に、どれだけ商品を導入するかを決める。
「いいですね、一澤 蓮司。うちでもフレームアートがよく動いてますよ。これから確実に伸びていく若手作家ですよね。」
バイヤーの(いぬい)が言った。
「もうすぐ発売のハンドクリームにもイラストが使われてるんですよ。これも売れそうだから大量注文済みです。」
そう言って、乾はハンドクリームのチューブを商談テーブルに並べた。
「か、かわいい〜っ!!」
菫は思わず声をあげた。銀色のチューブに蓮司の鮮やかなイラスト入りのラベルが巻かれた、輸入品のようなデザインのハンドクリームだ。
(こんな仕事もしてたんだ…。)
「川井さんいい反応。」
乾が笑った。
「ステーショナリーが発売したら、部門を飛び越えた一澤 蓮司フェアとかやってもいいかもしれないですね。」
乾が言った。部門とは商品ジャンルのことで、ステーショナリー、コスメ、食品などにわかれている。
「それはありがたいです。」
明石が言った。
「それにしても、よく一澤 蓮司と契約できましたね。他のメーカーさんは“狙ってるけどなかなか契約できない”って言ってましたよ。気難しい方なんですか?」
「え…。」
菫は蓮司のことを思い浮かべた。
「うーん…アーティストっぽいところもありますけど、気さくな良い方ですよ。」
(猫に甘くて…意地悪なようで優しい…)
そう答えた菫の表情を、明石は横目で見ていた。

二人は商談を終えて会社に戻った。
「川井さん、もう一人で本部商談できそうだね。条件面もちゃんと説明できてた。」
「本当ですか?まだ少し緊張しちゃいますけど、嬉しいです。」
「にしても商談長引いたなー。」
他の社員は退社していて、社内には二人だけだった。
「あの、社長…」
「ん?」
「えっと…大事なお話しがあって…この後少しお時間いいですか?」
「え、まさか辞めたいとかそういう…」
明石の言葉に菫はぶんぶんと首を振った。