(…こんな気持ちで、これからどんな顔して社長に会えばいいんだろう…)
菫はだんだんと冷静になった。
「明石さんに会いたくないとか思ってるんでしょ?」
顔を上げて(ほう)けたような表情(かお)をしている菫に蓮司が言った。
菫はムッとした。
「思うに決まってるじゃないですか。」
「お、元気出てきたね。良かった。」
蓮司が笑った。
「…自分が泣かせたくせに…。」
「スミレちゃんてさぁ…」
菫のそばに立っていた蓮司が顔を覗き込んだ。
「男に泣かされたこと、ないでしょ?」
「…!?」
「本当、わかりやすい。“初めて”貰っちゃった。ラッキー。」
蓮司はハハッと揶揄(からか)うように笑った。
(この“泣かされた”って全然そんなんじゃないでしょ…)
「…自分だって、この前(わたし)に泣かされたじゃないですか…」
「…俺は初めてじゃないし。」
「………」
「明石さんに会いにくいって思わない方法、教えてあげようか?」
「え?」
「明石さん以外の男と…

———ミャァ…

蓮司が言いかけた瞬間、何かが聞こえた。
「え?」
「あ!猫!」
蓮司の足元に小さな子猫がいた。どうやら、開けっ放しのドアから入ってきてしまったらしい。
「マジか…」