「社長さんにわざわざお越しいただけるとは思っていませんでした。」
蓮司はどこか白々(しらじら)しい敬語と笑顔で言った。
「こちらの契約内容には担当者“一人で”とは書いてありませんでしたので。」
そう言って、明石は契約書をテーブルに置いた。
「…なるほど。では毎回お二人でお越しいただけるんですか?」
「いえ。契約にあたってご挨拶と、契約内容について確認させていただこうと思いまして。」
どことなくピリピリとした空気の蓮司に、明石は淡々と言った。
「まず、本当にこの契約内容でよろしいんでしょうか?」
「というと?」
「一澤さんは現在進行形でメディアへの作品露出も増えていて、おそらくこれからどんどん伸びていくアーティストだと思います。正直なところ弊社はまだまだ規模の小さい会社で、もっと良い条件を提示する会社からのお声がけもあるのではないかと思いますが…。」
「………」
蓮司は否定も肯定もしない。
「弊社としては、この条件でご契約いただけるのであれば願ってもないことです。ただ…」
明石が蓮司を見据えた。
「この契約のために弊社の社員が犠牲になるようなことがあるなら、このお話は無かったことにさせていただきます。」
「え、社ちょ…」
菫は戸惑って明石に声をかけようとしたが、明石に手の仕草で制止された。