会社を出て30分後
菫は蓮司のアトリエで呆然としていた。

「忘れ物って…」
「だからこれ。忘れ物。」
そう言って蓮司が差し出したのは、炭酸水のペットボトルだった。
「言ったじゃん、飲み終わらなかったら持って帰ってって。」
「開けてないんだから、冷蔵庫に戻したら良いんじゃないですか!?」

———はぁ…

菫は脱力して溜息を()いた。その様子を蓮司はどこか嬉しそうに見ていた。
「やっぱ無防備だよね。忘れ物が何か確認しないで、また俺と二人きりになっちゃって。」
揶揄(からか)うように言った蓮司に菫はムッとする。
「今日はドア開けてますから…。」
「虫とか入って来そう。」
「…私が帰ったら閉めてください。もう帰りますので。」
(この人とはまともに話せないから契約も無理…社長に謝ろう…)
菫は鞄に炭酸水を入れて帰る素振りをした。
「あれ?帰っちゃうの?」
「炭酸水、受け取りましたから。」
菫は後ろを向いたまま静かなトーンで言った。
「あれ?いいの?もっと大事な物忘れてると思うけど。」
「なんですか?お菓子でも出していただきましたっけ?」
そう言って菫は不機嫌そうに振り返った。