死グナル/連作ＳＦホラー

増殖④
農協職員：川口菜々の述懐



それから数週間して…、私は静岡に在住する安原さんを訪ねました。
清島さんのお仲間の件をメールでやり取りしてて、この際、一度会いましょうと言うことになったのです。


安原さんは還暦を過ぎ、いくつもの持病を悪化させていたようで、体調は優れなかった様子でしたが、私には彼女の目が輝いて見えました。


「私…、何も役に立てなかったわね」


彼女はぼそりと吐き出すようにそう言うと、大きくため息をついていました。


「でも、清島さんたちのお仲間、亡くなれた方も含めた７人は、あなたに感謝しています。これは間違いありません！」
この言葉は、私の正直な気持ちでした。


＊＊＊


「じゃあ、その７人に感謝された私は、ここであなたに感謝するわ。…私、増殖に見舞われたあと、本気で死のうと思ってね。その一歩手前で何とか思いとどまれたんだけど…。その土壇場での勇気って、川口さん…、あなたのサイトで受け取ったものだったんだもの」


「安原さん…‼」


私は目頭が熱くなっていました。


＊＊＊


「これからも頼むわね、川口さん。あなたのブログからは、こんな忌まわしい現象で苦しむ人を何としても増やさせないぞって、壮絶な覚悟が伝わってくるのよ。私…、この体じゃあ、そう長くはないと思うの。遺族には、私が逝った時はあなたに”伝える”ように残しておくから…。私の最後はそれなりに綴っておくつもりなので、あなたのブログで晒してもらっていいわよ（苦笑）」


「はい！存分に晒させてもらいます。そんな時がくればですが。でも、その日はまだまだ、ずっと先だと信じていますので…」


安原さんは目を細めて笑っていました。
この時の何とも言えない笑顔…。
私は決して忘れることはないでしょう…。


”ありがとう、安原さん…”


＊＊＊


そして…。
安原さんの遺族より”その訃報”がもたらされたのは、このわずか１か月後のことでした。


私は遺族の方から、安原さんが生前の現象体験を綴って残した一冊のノートをお預かりしました。
そのノートの表紙裏には、私にあて、こう記されていました。


”この記録が、私を救ってくれた川口さんのサイトで活かされることを、遥か彼方より願っています。優しい勇気をありがとう。お世話になりました。あなたの同志、安原鈴絵”


遥か彼方…‼
自分の逝く地を、安原さんはそう表現したのです。


死というものを見切り悟った者の澄んだ目を以って。
あんなおぞましい像を見続けながらも、澄み切ったその目で…。




死グナル/増殖
ー完ー