閉じれない瞼①
農協職員:川口菜々の場合



中3の冬…。
瞼を閉じた、あの瞬間のときめきは今も鮮明に覚えている。


この時、数秒後には私の唇にカレの唇が重なった。
目を閉じたことで見える、恋する先輩の心の中…。
それだけで愛おしさを感じとれた、至福の時だった。


それが今は…!!



***



心の病としての拒食と拒眠のどちらが辛いか、ましか…。
そんな究極の選択を論じたところで、目を閉じること自体への恐怖をもっては、万事終決しちゃう。


目をつぶれば、アレがやって来る…。
その底知れぬ不安と恐怖心…。


”これ”に襲われることになったのは、私が25歳の誕生日を目前にした、初春でした。
その日は日曜日だったのですが、職場の行事で、私たち農協職員は県民公園に赴いていました。


私は会場入口で、2年後輩の女子職員と受付に着いていたんだけど…。
急に呼吸が苦しくなって、その場にしゃがみこんじゃって…。



***


「川口さん、大丈夫ですか?」


「ええ…、ゴメン…。何か急に呼吸が…」


「少し休んでてください。主任が誰か代わりを寄こしてくれるそうなので…」


「そう…。じゃあ、悪いけど」


この時はもう言いようもなく息が苦しくて、目の前がグルングルンと回っていたのです。
私は後輩職員の言葉に甘え、仮設テントの中の椅子を並べた上で横になっていました。


そして‥。
そこで目を閉じると、”アレ”は現れました…。


***


”ウフフフ…”


県民公園内に行き来する人々の雑踏の中、私の耳に届く何とも生々しくもおどろおどろしい、その薄笑いの声…。
それは明らかに女性の声でした。


その薄笑いに導かれるように、閉じた瞼の暗がりには、目の中心が黒っぽい灰色のおぞましい死者らしき”顔面”がどどんという感じで、私の正面に佇んでいました。


”何…!この人…。嘲笑っぽい笑い声は聞こえるのに、全く笑ってないわ。それどころか…”


閉じた私の瞼の内側には、正視できない俗悪感極まる顔が居座っていました。
おぞましい表情で、ただ私を一点に捉えて…。


この人、どこの人?
あっちの世界のってこと…?


私のその心の問いかけに、その顔は”無言”で応えていました。


”オマエ、アエタ…、オマエ、ドコダ…、オマエ、コイ…”


私の感覚が捉えた、彼女のメッセージはかくも不可解極まるものでした。
彼女…、そう、その女からの声は一転、野太いエコーがかぶさった男のうめき声だったのです…。