オタクな俺とリアルな彼女。

さっさと食えと言われて,俺も食事を始める。

先輩はまた,拳を握っていた。

始めて食べるそれは,結構美味しくて。

違う。

今食べれば,何だって美味しい気がした。



「あの,今更なんですけど。俺に先輩の本名教えても良かったんですか?」



第一声から,リスナーであることは分かったはずだ。

ただ奏と呼ばれたくなかっただけかもしれないけど。

それでも口を閉ざさせるだけなら,まず黙れと言ってみても良かったはずなのに。



「問題ない。君自身今発した様に,私は"先輩",なのだろう。ならば,私とて後輩に名乗っても何ら問題が無いはずだ。違うか?」

「いえ…」



確かに,後輩に名乗るだけ,なら問題はないのかもしれない。

本気でしろうとすれば,姿を発見した以上難しくもないからだ。

ただ,リスナーである俺には価値が高すぎるだけで。

井上 いづみ。

忘れるなんて,出来ない。

聞いた瞬間から,必死に頭に繋ぎ止めている。

先輩は数分してからまた読書を始め,俺は時々それを見ながら昼食を取った。

コーヒーは止めておき,自販機で買った水を喉に流す。

程無くして手持ち無沙汰になり,スマホを弄るのも嫌だった俺は頬杖をついて,いつの間にか眠った。

先輩に起こされ,混乱頭で講義へ向かう。

大学内では
『公開プロポーズの男』から『井上いづみを怒らせた男』
と降格したのか昇格したのか分からない位置付けへと変わっていた。