尚が真剣な顔でそう言い、姫香の手を取る。姫香は耳までもが赤く染まり、熱を帯びた目で「尚くん……」と呟いていた。

「あ、あの!尚くんと付き合っていることは父には内緒にしてもらえますか?」

姫香が思い出したかのように言う。不安げに瞳が揺れる中、桜士と一花の言葉が重なった。

「もちろんです。守秘義務は守ります」

その言葉に姫香と尚は安心したように笑い合い、手を繋いで帰って行った。



アナフィラキシーショック事件が無事に解決し、桜士は着替えを済ませて病院の職員用出入り口に向かって歩いていた。

外来の前を通り過ぎようとした時、「ちょっと待ってよ、そんな急に……」と声が聞こえてくる。桜士がそっと外来を覗くと、そこには産婦人科医の折原藍(おりはらあい)がスマホを手に今にも泣き出しそうな顔をしていた。どうやら、誰かと通話をしているようだ。

電話が切れたのか、藍は悲しげな目をしながら俯く。優しい本田凌は放っておかないだろうと、桜士は声をかけた。

「折原先生、大丈夫ですか?」

「本田先生、大丈夫です」

藍はニコリと笑う。だが、その笑みが作られた偽りのものだと桜士にはすぐわかった。