わたしの世界はいつだって静かだ。
それはとても寂しくて恐ろしい。
けれど、音がないからこそ心地いい時もある。
「(ずっと、好きなんだよ)」
「⋯⋯千冬」
「(昔も今もずっと六花のことが好きで、────どうしようもないくらい、好きなんだよ)」
絞り出す様に、ゆっくりと紡がれていく透明な言葉たちはまるで幻の様だ。
形に残る事もなく、わたしの耳に音としても届かない。
だけどこれが幻ではなく現実だと分かるのは千冬がわたしの手を取って、それを自分の胸へと引き寄せたから。
「(受験が終わったら言おうと思ってた。あの日から⋯⋯それ以上前からずっとこの想いは変わらない)」
ドクン、ドクン、と脈打つ鼓動が手のひらから伝わってきて、それが通常よりも速い事に気付いてしまえばもう、我慢なんて出来なかった。
夢幻かもしれないなんて誤魔化す事すら出来なくて。
千冬の鼓動の音を聴く事は出来なくても、それを感じる事は出来る。
「今更遅いよ、」
「(⋯⋯っ)」
「ずっと、ずっと、ずーっとこういう日が来ないかなって思ってた」
「(六花⋯?)」
「言ったじゃん、千冬と笑い合いたいって。昔みたいに戻りたいって。そう思うのは千冬がわたしにとってかけがえのない存在だからなんだよ⋯?千冬のことが誰よりも大好きだからなんだよ」
きっとわたし達はお互いが大切過ぎるあまり、臆病になっていた。
この先も変わらないと思い込み過ぎて傍にいる事が当たり前過ぎて、すれ違っていた。
「わたしも千冬のことが好きだよ。すごく、すごく大好き」
「(六花から音を奪って、散々傷付けた俺がおまえの傍にいてもいいのか⋯?)」
まだそんな事を口にする千冬の胸に当てていた手のひらをそっとその白い頬へと移動させる。
撫でるように、なぞるように冷えたその頬に指先を滑らせながら微笑むわたしに千冬はゆっくりと目を伏せて。
それからゆっくりとわたしと目を合わせた。
「わたしは千冬に音を奪われてなんかいないよ。千冬はわたしに希望を与えてくれたんだよ」
「(⋯⋯っ)」
「大好きだよ。いつだって、どんな時だって千冬が好きだよ」
「六花」と呼ぶ声が好きだった。
声変わりをしている間の掠れた笑い声も、いつもわたしの一歩前を歩くその背中も、一見クールに見えて実は繊細で優しいところがたくさんあるところも、全部全部好きだった。
それは音が失われてからも変わらない。
お見舞いに来てくれるところも、面倒がらずに時間をかけて会話してくれるところも、わたしを優しく支えようと千冬なりに考えてくれていたところも。
全部全部、大好きで。
冷たい態度を取られた事もあった。
鋭利な言葉で傷付いた事もあった。
千冬が海人先生みたいな人だったらよかったのに、なんて考えた事もあった。
でも、千冬はこの世界で一人しかいないから。
責任感が強くて背負う必要のないものまで背負ってしまう。
優しくて温かくて、不器用な千冬はこの世界でたった一人だから。
「千冬じゃなきゃダメなの。千冬じゃなきゃ、わたしを救ってくれなかった。前を向こうと思えなかった。⋯⋯もちろん両親や優愛、支えてくれた人はたくさんいるけど、やっぱりそこには絶対に千冬がいた」
わたしが今を懸命に一日を大切に過ごしている理由にはいつだって千冬がいて。
千冬に受け入れて欲しいから、わたしも事故の後の静かな世界を受け入れようと思った。
わたしがここにいる理由は千冬だと言っても過言ではない程に、わたしとって千冬はかけがえのない大切な存在。
「好きだよ、六花」
一度唇を噛み締めた千冬が何かを吹っ切った様にその言葉を紡いだ瞬間、不思議とわたしにその声が聴こえた気がした。
実際には聞こえていない事は分かっていながらも、わたしに千冬の声は届いたのだと、そう感じた。
それはとても寂しくて恐ろしい。
けれど、音がないからこそ心地いい時もある。
「(ずっと、好きなんだよ)」
「⋯⋯千冬」
「(昔も今もずっと六花のことが好きで、────どうしようもないくらい、好きなんだよ)」
絞り出す様に、ゆっくりと紡がれていく透明な言葉たちはまるで幻の様だ。
形に残る事もなく、わたしの耳に音としても届かない。
だけどこれが幻ではなく現実だと分かるのは千冬がわたしの手を取って、それを自分の胸へと引き寄せたから。
「(受験が終わったら言おうと思ってた。あの日から⋯⋯それ以上前からずっとこの想いは変わらない)」
ドクン、ドクン、と脈打つ鼓動が手のひらから伝わってきて、それが通常よりも速い事に気付いてしまえばもう、我慢なんて出来なかった。
夢幻かもしれないなんて誤魔化す事すら出来なくて。
千冬の鼓動の音を聴く事は出来なくても、それを感じる事は出来る。
「今更遅いよ、」
「(⋯⋯っ)」
「ずっと、ずっと、ずーっとこういう日が来ないかなって思ってた」
「(六花⋯?)」
「言ったじゃん、千冬と笑い合いたいって。昔みたいに戻りたいって。そう思うのは千冬がわたしにとってかけがえのない存在だからなんだよ⋯?千冬のことが誰よりも大好きだからなんだよ」
きっとわたし達はお互いが大切過ぎるあまり、臆病になっていた。
この先も変わらないと思い込み過ぎて傍にいる事が当たり前過ぎて、すれ違っていた。
「わたしも千冬のことが好きだよ。すごく、すごく大好き」
「(六花から音を奪って、散々傷付けた俺がおまえの傍にいてもいいのか⋯?)」
まだそんな事を口にする千冬の胸に当てていた手のひらをそっとその白い頬へと移動させる。
撫でるように、なぞるように冷えたその頬に指先を滑らせながら微笑むわたしに千冬はゆっくりと目を伏せて。
それからゆっくりとわたしと目を合わせた。
「わたしは千冬に音を奪われてなんかいないよ。千冬はわたしに希望を与えてくれたんだよ」
「(⋯⋯っ)」
「大好きだよ。いつだって、どんな時だって千冬が好きだよ」
「六花」と呼ぶ声が好きだった。
声変わりをしている間の掠れた笑い声も、いつもわたしの一歩前を歩くその背中も、一見クールに見えて実は繊細で優しいところがたくさんあるところも、全部全部好きだった。
それは音が失われてからも変わらない。
お見舞いに来てくれるところも、面倒がらずに時間をかけて会話してくれるところも、わたしを優しく支えようと千冬なりに考えてくれていたところも。
全部全部、大好きで。
冷たい態度を取られた事もあった。
鋭利な言葉で傷付いた事もあった。
千冬が海人先生みたいな人だったらよかったのに、なんて考えた事もあった。
でも、千冬はこの世界で一人しかいないから。
責任感が強くて背負う必要のないものまで背負ってしまう。
優しくて温かくて、不器用な千冬はこの世界でたった一人だから。
「千冬じゃなきゃダメなの。千冬じゃなきゃ、わたしを救ってくれなかった。前を向こうと思えなかった。⋯⋯もちろん両親や優愛、支えてくれた人はたくさんいるけど、やっぱりそこには絶対に千冬がいた」
わたしが今を懸命に一日を大切に過ごしている理由にはいつだって千冬がいて。
千冬に受け入れて欲しいから、わたしも事故の後の静かな世界を受け入れようと思った。
わたしがここにいる理由は千冬だと言っても過言ではない程に、わたしとって千冬はかけがえのない大切な存在。
「好きだよ、六花」
一度唇を噛み締めた千冬が何かを吹っ切った様にその言葉を紡いだ瞬間、不思議とわたしにその声が聴こえた気がした。
実際には聞こえていない事は分かっていながらも、わたしに千冬の声は届いたのだと、そう感じた。



