「千冬のせいじゃないって言った」
きっと千冬の苦しみを見て見ぬふりしていたわたしは夢の中でせめてもの思いで“ふり”をやめた。
目を逸らしていた苦しさに夢の中でなら手を差し伸べられた。
「あの事故も今のわたしも千冬が責任を感じる事は一切ない」
「(でもお前は俺を庇って⋯⋯)」
千冬の黒曜石みたいな瞳がより一層水気を帯びていく。
その虹彩に映し出されるわたしは強く千冬を見つめている。
「苦しめてごめんね。でも、もういいよ」
これ以上自分を責めないで欲しい。
あの事故は雪の日、凍った路面でスリップした車が制御を失って千冬に突っ込んできた。それをただわたしの体が考えるよりも先に動いて千冬の体を押したってだけだ。
わたしの中ではそれ以上でも以下でもない。
過去に戻れるならもっと早くに家に帰っているし、千冬を道連れにしてでも学校自体休んでいる。
だけどもう過去には戻れないならせめて─────。
認めたくなかったものを認めて、受け入れられなかったものを受け入れなくてはならない。
前に進む為には。千冬の止まってしまった時間を再び動かすには。
「千冬が責任を感じる必要はない。苦しむ事も、絶対にあっちゃいけない」
「(⋯⋯っ)」
「本人であるわたしが言うんだからそうなんだよ。千冬のせいだって思ってたらこんな風に手を握らない。また前みたいに戻りたいって思わないよ」
包み込んだ千冬の手は僅かに震えていた。
冷たい風が柔らかく髪を揺らすけれど、不思議と寒さは感じなかった。
「あの時わたしは“千冬のせいじゃないよ”って言ったんだと思う」
だけど寝言だったから中途半端なところで言葉が途切れてしまっただけで。わたしは一度だってあの事故を、今のわたしの障がいを千冬のせいにしようとした事は誓ってないと言える。
「わたしのせいで苦しめてごめん。わたしの為に苦しんでくれてありがとう」
到底抱えきれない後悔と懺悔を今までたった一人で抱えてきた千冬はとても疲れただろう。
苦しくて辛くて堪らなかっただろう。
わたしを見る度に苦しかったと、もう顔も見たくないと言ったそれは本心だっただろう。
出逢わなければよかった
その言葉は千冬の為であり、わたしの為でもあった。
だけどわたしは思う。
「千冬に出逢えてよかった」
「(⋯⋯っ六花)」
「それはずっとこの先も変わらない」
じんわりと千冬の瞳に浮かんでいた涙がポロっと一粒落ちていくその様はスローモーションみたいに見えた。



