「わたし何か悪い事したのかな、罰が当たったのかなって。この先どうすればいいの?ってあの頃は毎日泣いてて⋯⋯正直、毎日が真っ暗闇の中を歩いている様だった」
「だけどね、それを誰かのせいだなんて思った事は一度もなくて。⋯⋯相手の車の運転手の事は恨んだりしたけど⋯⋯でも、わたし、本当にあの頃も今も誰かの⋯千冬のせいなんて思った事ない」
お母さん達に何を話しているんだろう?と思ったけれど、せっかくのシチューも冷めてしまうとも思ったけれど、それでもどうしても、千冬にもう一度会う前に二人には話しておきたかった。
お母さんとお父さんが事故を千冬のせいだなんて思っているはずがない事は充分分かっているけれど、それでも、両親である二人にはちゃんと伝えておきたかった。
その意図を汲み取ってくれたお母さんが分かり易い様にゆっくりとその唇を動かしていく。
「(お母さん達だって思ってないよ)」
“ね?お父さん”と一度隣に座るお父さんを見上げたお母さんにお父さんはいつも笑っている顔を珍しく固く真剣にさせて頷いた。
「(事故の話を聞いて、六花の聴力の話を聞いて、なんでうちの子がって思ったよ。傷一つなく笑って、楽しそうに普通に会話をする六花を思い出して悔しかった。許せなかった。六花を返してくれって頼むから元気な姿の今までの六花を返してくれって思った)」
「⋯⋯お父さん、」
「(でも、それは千冬くんに思った事じゃない。お父さん達の同じくらい精神的に苦しんでいる千冬くんに君のせいだなんて言えなかったし、そもそも本当に千冬くんのせいだなんて思ってなかった)」
「(一度ね、千冬くんが謝ったの。俺のせいでごめんなさいって)」
お父さんに続いて紡がれたお母さんのその言葉に分かりやすく動揺する。
「(その時千冬くんのせいじゃない、一緒に六花を支えて欲しいって言ったんだけど、今の六花たちを見てて、今の六花の話を聞いて、千冬くんは自分を責めてるんだなって思った)」
「⋯⋯うん、わたしが千冬を苦しめてた」
「(⋯⋯もしも、六花が生まれた時から耳が聴こえなかったらわたしも自分を責めてだと思う)」
「⋯⋯え?」
「(母親として自分を責めた)」
もしも、わたしが生まれつき聴覚に障害があったら。もしかしたらわたしはお母さんを責めたかもしれない。お母さんのせいだって思ったかもしれない。
だけど、きっと、それは違うと気付く事も出来ると、思う。
気付くというよりは受け入れるという表現の方が正しいかもしれない。
もしたとえ、わたしが生まれた時から音のない世界にいたとしても、それだって誰のせいでもない。
わたしをこの世界に産んでくれたお母さんのせいでは決してない。
「(きっと、責めて責めて。唯一救われる方法があるとすればそれは六花が幸せそうに笑っている時かもしれない)」
「⋯⋯お母さん」
「(想像上の話だけど、きっとそうなんだろうなって。ずっと責め続けるのかもしれないけど六花が笑ってくれていればそれは救いになると思う)」
柔らかく微笑んだお母さんは「(だからさ六花)」と言葉を続ける。
「(千冬くんには救いが必要なんだよ)」
「⋯⋯すく、い?」
「(千冬くんが自分を責めて、二人がすれちがって、二人ともが悲しい思いをしてる。それってとても寂しい事だよ)」
「⋯⋯っ」
「(あの頃六花が千冬くんに救ってもらったように今度は六花が救ってあげなさい。六花は自分が千冬くんを苦しめてたって言ったけど、その苦しみから解放してあげられるのはこの世界で六花しかいないんだよ?)」
「(たった一言千冬くんのせいなんかじゃないって言えばいいんだよ)」
お母さん、お父さん二人の言葉を何度も心の中で反芻する。
海人先生の言っていた絡まった糸は両端を少し引っ張れば簡単に解けてしまう様なものなのかもしれない。
そしてそれを結び直すのも、想像よりずっと簡単なのかも。
「お父さんお母さん、ありがとう」
「(千冬くんと仲直り出来たら教えてね)」
きっとこの三年、苦しかったのはわたしと千冬だけじゃない。
わたし達の傍にいてくれた人達もまた、苦しみや悲しみを抱えて過ごしていたんだと思う。
そして静かにわたし達を見守ってくれていたのだと漸く気付く事が出来た。
ここまで周りに支えられて優しさと温かさを与えてもらっているのだからより一層もう一度千冬と向き合わなければいけないと強く思った。
だって、海人先生が言っていた様にわたしは千冬と前みたいに戻りたいと言っているばかりで肝心な自分の気持ちを伝えていなかったから。
さらけ出す様に吐露された千冬の言葉ば氷の刃物の様に冷たく鋭利で心臓を抉られたけれど、それだけじゃなかったはずだと、自惚れじゃなく思う。
あの冷たくて鋭い言葉の中には千冬の心の真ん中にあるリアルで温かい気持ちもちゃんと込められていた。
向けられた瞳、態度、言葉はひんやりとしていたかもしれない。
だけどその裏側には後悔とわたしに対する懺悔。そして思いもある、はず。
だからこそわたしは千冬のその後悔を取り除けなかったとしても苦しみだけは和らげてあげたい。
違うものは違うと、これ以上千冬が苦しまない様に教えてあげたい。
明日はちょうど休日。
千冬がわたしに会ってくれるかは分からないけれど会って話がしたい旨のメッセージを食事を終えたらアプリから送ろうと決意してお母さんが温め直してくれたシチューを頬張った。
今度はちゃんといつものまろやかなシチューの味がした。
「だけどね、それを誰かのせいだなんて思った事は一度もなくて。⋯⋯相手の車の運転手の事は恨んだりしたけど⋯⋯でも、わたし、本当にあの頃も今も誰かの⋯千冬のせいなんて思った事ない」
お母さん達に何を話しているんだろう?と思ったけれど、せっかくのシチューも冷めてしまうとも思ったけれど、それでもどうしても、千冬にもう一度会う前に二人には話しておきたかった。
お母さんとお父さんが事故を千冬のせいだなんて思っているはずがない事は充分分かっているけれど、それでも、両親である二人にはちゃんと伝えておきたかった。
その意図を汲み取ってくれたお母さんが分かり易い様にゆっくりとその唇を動かしていく。
「(お母さん達だって思ってないよ)」
“ね?お父さん”と一度隣に座るお父さんを見上げたお母さんにお父さんはいつも笑っている顔を珍しく固く真剣にさせて頷いた。
「(事故の話を聞いて、六花の聴力の話を聞いて、なんでうちの子がって思ったよ。傷一つなく笑って、楽しそうに普通に会話をする六花を思い出して悔しかった。許せなかった。六花を返してくれって頼むから元気な姿の今までの六花を返してくれって思った)」
「⋯⋯お父さん、」
「(でも、それは千冬くんに思った事じゃない。お父さん達の同じくらい精神的に苦しんでいる千冬くんに君のせいだなんて言えなかったし、そもそも本当に千冬くんのせいだなんて思ってなかった)」
「(一度ね、千冬くんが謝ったの。俺のせいでごめんなさいって)」
お父さんに続いて紡がれたお母さんのその言葉に分かりやすく動揺する。
「(その時千冬くんのせいじゃない、一緒に六花を支えて欲しいって言ったんだけど、今の六花たちを見てて、今の六花の話を聞いて、千冬くんは自分を責めてるんだなって思った)」
「⋯⋯うん、わたしが千冬を苦しめてた」
「(⋯⋯もしも、六花が生まれた時から耳が聴こえなかったらわたしも自分を責めてだと思う)」
「⋯⋯え?」
「(母親として自分を責めた)」
もしも、わたしが生まれつき聴覚に障害があったら。もしかしたらわたしはお母さんを責めたかもしれない。お母さんのせいだって思ったかもしれない。
だけど、きっと、それは違うと気付く事も出来ると、思う。
気付くというよりは受け入れるという表現の方が正しいかもしれない。
もしたとえ、わたしが生まれた時から音のない世界にいたとしても、それだって誰のせいでもない。
わたしをこの世界に産んでくれたお母さんのせいでは決してない。
「(きっと、責めて責めて。唯一救われる方法があるとすればそれは六花が幸せそうに笑っている時かもしれない)」
「⋯⋯お母さん」
「(想像上の話だけど、きっとそうなんだろうなって。ずっと責め続けるのかもしれないけど六花が笑ってくれていればそれは救いになると思う)」
柔らかく微笑んだお母さんは「(だからさ六花)」と言葉を続ける。
「(千冬くんには救いが必要なんだよ)」
「⋯⋯すく、い?」
「(千冬くんが自分を責めて、二人がすれちがって、二人ともが悲しい思いをしてる。それってとても寂しい事だよ)」
「⋯⋯っ」
「(あの頃六花が千冬くんに救ってもらったように今度は六花が救ってあげなさい。六花は自分が千冬くんを苦しめてたって言ったけど、その苦しみから解放してあげられるのはこの世界で六花しかいないんだよ?)」
「(たった一言千冬くんのせいなんかじゃないって言えばいいんだよ)」
お母さん、お父さん二人の言葉を何度も心の中で反芻する。
海人先生の言っていた絡まった糸は両端を少し引っ張れば簡単に解けてしまう様なものなのかもしれない。
そしてそれを結び直すのも、想像よりずっと簡単なのかも。
「お父さんお母さん、ありがとう」
「(千冬くんと仲直り出来たら教えてね)」
きっとこの三年、苦しかったのはわたしと千冬だけじゃない。
わたし達の傍にいてくれた人達もまた、苦しみや悲しみを抱えて過ごしていたんだと思う。
そして静かにわたし達を見守ってくれていたのだと漸く気付く事が出来た。
ここまで周りに支えられて優しさと温かさを与えてもらっているのだからより一層もう一度千冬と向き合わなければいけないと強く思った。
だって、海人先生が言っていた様にわたしは千冬と前みたいに戻りたいと言っているばかりで肝心な自分の気持ちを伝えていなかったから。
さらけ出す様に吐露された千冬の言葉ば氷の刃物の様に冷たく鋭利で心臓を抉られたけれど、それだけじゃなかったはずだと、自惚れじゃなく思う。
あの冷たくて鋭い言葉の中には千冬の心の真ん中にあるリアルで温かい気持ちもちゃんと込められていた。
向けられた瞳、態度、言葉はひんやりとしていたかもしれない。
だけどその裏側には後悔とわたしに対する懺悔。そして思いもある、はず。
だからこそわたしは千冬のその後悔を取り除けなかったとしても苦しみだけは和らげてあげたい。
違うものは違うと、これ以上千冬が苦しまない様に教えてあげたい。
明日はちょうど休日。
千冬がわたしに会ってくれるかは分からないけれど会って話がしたい旨のメッセージを食事を終えたらアプリから送ろうと決意してお母さんが温め直してくれたシチューを頬張った。
今度はちゃんといつものまろやかなシチューの味がした。