事故から一ヶ月が経った。
六花の耳はまだ治らない。この先治る確率も低いらしい。
見舞いに来たはいいものの、ちょうどリハビリの時間と被ってしまったらしく病院で六花の母親と六花を待つ。
「ありがとうね、千冬くん。毎日来てくれて。六花もすごく心強いと思う」
「いえ⋯。あの、六花、最近どうですか?」
どう、なんて愚問すぎる事は分かっていても、それしか言えなかった。
疲れ切った六花の母親の顔。
未だに毎日夜一人で泣いているであろう六花。
比べるべき事でもないけれど俺の苦しさなんて比べものにならない程その悲しみと喪失感は大きいのだろう。
それでも六花の母親は六花によく似た顔で微笑んだ。
「受け入れられないみたいなの」
「⋯⋯」
「それはそうよね、いきなり音が消えるなんて。この先も聞こえないままの可能性が高い⋯なんて受け入れられないわよね」
「⋯⋯っ」
「怖い、って泣いてるの。こんなの嫌だって、寂しい、苦しいって。この先どうなるの?って絶望しかないって」
「っ」
「その度に大丈夫だよ、ってわたし達がずっとついてるから、支えるからだから前を向こうって言うんだけどそんな言葉きっと何の力にもならない」
「⋯⋯っ」
「きっと六花はそんな言葉望んですらない」
窓の外を見て独り言の様に呟いた六花の母親の言葉は力なく静かな部屋に消えていく。
「⋯⋯今あの子には不安しかないと思うの。絶望や恐怖しか感じられないと思う」
「⋯⋯」
「でもね、⋯⋯でも、それでも生きていかなきゃいけない。六花にはこの先ちゃんと笑って過ごしていって欲しい。たとえ難聴になってしまったとしても幸せになって欲しい」
たとえば、障害があるからといって不幸なわけではない。耳が聴こえなくなってしまっても幸せを感じる事は出来るし、六花にも絶対に幸せになってもらいたい。
だけどその為にはまず、六花がその事を受け入れないといけない気がした。
「千冬くん、ありがとう」
窓の外から俺の方へと視線を移した彼女はやはり、どこまでも六花に似ていて。いや、六花が似ているんだ。
「毎日こうして会いに来てくれてありがとう」
「そんな⋯お礼を言われる事じゃないです。⋯俺が来たくて、六花に会いたくて来てるんです」
自分の無力さを痛感しているくせに、馬鹿みたいに六花の力になりたい、守ってやりたいとそんな事ばかり考えている俺に柔らかく笑った六花の母親。
この人にはきっと俺の気持ちは見透かされているんだろう。
「六花ね、千冬くんといる時だけは笑うの」
「⋯⋯っ」
「言ってたよ。“千冬の顔を見ると元気になれる”って」
「⋯⋯六花が⋯?」
「“千冬がいてくれるから何とかここにいられる”って」
その言葉を聞いた瞬間ぎゅっと締め付けられた心。
心配かけたくないと笑う六花は痛々しくて、腫れた瞼は遣る瀬なくて、それをどうにかしてやれる事は出来ないと思っていた。
「千冬くんの存在が六花にとって本当に勇気になってる」
「そんなの⋯、っ」
「こうして会いに来てくれて、毎日話をしてくれて、それがとても嬉しいって言ってた。ありがとう。本当に、ありがとう」
ゆっくりと頭を下げた六花の母親に慌てて「顔を上げてください」と言ったけれど、未だに心臓はドキドキと速く脈打っていた。
だって、何も出来ないと思っていたのに。
それなのに自分の存在が六花の力にほんの少しでもなれているなんて⋯⋯。
「俺、これからも六花の傍にいたいです」
この気持ちに嘘はなかった。
ただ、中学二年生の俺はどうしようもなく子どもだった。
馬鹿みたいに自分のことしか考えていなかった。
────────六花が俺に言えない気持ちを抱えているなんて想像すらしていなかった。
六花の耳はまだ治らない。この先治る確率も低いらしい。
見舞いに来たはいいものの、ちょうどリハビリの時間と被ってしまったらしく病院で六花の母親と六花を待つ。
「ありがとうね、千冬くん。毎日来てくれて。六花もすごく心強いと思う」
「いえ⋯。あの、六花、最近どうですか?」
どう、なんて愚問すぎる事は分かっていても、それしか言えなかった。
疲れ切った六花の母親の顔。
未だに毎日夜一人で泣いているであろう六花。
比べるべき事でもないけれど俺の苦しさなんて比べものにならない程その悲しみと喪失感は大きいのだろう。
それでも六花の母親は六花によく似た顔で微笑んだ。
「受け入れられないみたいなの」
「⋯⋯」
「それはそうよね、いきなり音が消えるなんて。この先も聞こえないままの可能性が高い⋯なんて受け入れられないわよね」
「⋯⋯っ」
「怖い、って泣いてるの。こんなの嫌だって、寂しい、苦しいって。この先どうなるの?って絶望しかないって」
「っ」
「その度に大丈夫だよ、ってわたし達がずっとついてるから、支えるからだから前を向こうって言うんだけどそんな言葉きっと何の力にもならない」
「⋯⋯っ」
「きっと六花はそんな言葉望んですらない」
窓の外を見て独り言の様に呟いた六花の母親の言葉は力なく静かな部屋に消えていく。
「⋯⋯今あの子には不安しかないと思うの。絶望や恐怖しか感じられないと思う」
「⋯⋯」
「でもね、⋯⋯でも、それでも生きていかなきゃいけない。六花にはこの先ちゃんと笑って過ごしていって欲しい。たとえ難聴になってしまったとしても幸せになって欲しい」
たとえば、障害があるからといって不幸なわけではない。耳が聴こえなくなってしまっても幸せを感じる事は出来るし、六花にも絶対に幸せになってもらいたい。
だけどその為にはまず、六花がその事を受け入れないといけない気がした。
「千冬くん、ありがとう」
窓の外から俺の方へと視線を移した彼女はやはり、どこまでも六花に似ていて。いや、六花が似ているんだ。
「毎日こうして会いに来てくれてありがとう」
「そんな⋯お礼を言われる事じゃないです。⋯俺が来たくて、六花に会いたくて来てるんです」
自分の無力さを痛感しているくせに、馬鹿みたいに六花の力になりたい、守ってやりたいとそんな事ばかり考えている俺に柔らかく笑った六花の母親。
この人にはきっと俺の気持ちは見透かされているんだろう。
「六花ね、千冬くんといる時だけは笑うの」
「⋯⋯っ」
「言ってたよ。“千冬の顔を見ると元気になれる”って」
「⋯⋯六花が⋯?」
「“千冬がいてくれるから何とかここにいられる”って」
その言葉を聞いた瞬間ぎゅっと締め付けられた心。
心配かけたくないと笑う六花は痛々しくて、腫れた瞼は遣る瀬なくて、それをどうにかしてやれる事は出来ないと思っていた。
「千冬くんの存在が六花にとって本当に勇気になってる」
「そんなの⋯、っ」
「こうして会いに来てくれて、毎日話をしてくれて、それがとても嬉しいって言ってた。ありがとう。本当に、ありがとう」
ゆっくりと頭を下げた六花の母親に慌てて「顔を上げてください」と言ったけれど、未だに心臓はドキドキと速く脈打っていた。
だって、何も出来ないと思っていたのに。
それなのに自分の存在が六花の力にほんの少しでもなれているなんて⋯⋯。
「俺、これからも六花の傍にいたいです」
この気持ちに嘘はなかった。
ただ、中学二年生の俺はどうしようもなく子どもだった。
馬鹿みたいに自分のことしか考えていなかった。
────────六花が俺に言えない気持ちを抱えているなんて想像すらしていなかった。



