透明を編む 【完結】

それからほぼ毎日放課後に六花のお見舞いに行く事が日課になり始めた頃。


「六花」


六花がその声に反応する事はない現実にまだまだ慣れそうにはないけれど、顔を見て口を動かせば時折言葉を読み取ってくれる様になった。

それでも会話をする事は難しく、この頃の六花とのコミュニケーションは筆談がメインだった。

スマホの画面に俺が文字を打ってそれを見た六花が喋る。

静かな病室に響く六花の声は例えるなら透明で、その音はとても心地よくて。

毎日、他愛ない話をした。

学校での出来事とか、好きな音楽の話とか。
本当に話している内容は事故の前と変わらなくて、それが逆にふと無性に遣る瀬ない気持ちにさせた。

何も変わらない、のに。

六花に俺の声は届いていない。

会話のラリーだってスムーズにはいかなくて、顔に貼られたガーゼを見る度にあの事故の瞬間が蘇る。

押された身体の感覚がこびり付いた様に離れてくれなくて。


<六花、ごめんな>


スマホの画面に打ち込んだ文字を見て六花が首を横に振る。
だけど六花のその優しさを素直に受け取る事が出来ないのは、その目に泣いた後があるからだ。

この前ここへ来た時、病室のドアを開ける直前に聞こえてきた六花の悲痛な声。


「なんでっ⋯?なんでわたしがこんな目に合わなきゃいけないの!?」


「何にも聞こえなくて、そんなのっこの先どうすればいいのっ⋯」


「もうやだっ⋯」


両親の前で泣き叫ぶ六花に心が痛む、なんて思えなかった。痛いなんて陳腐な言葉なんかじゃこの気持ちは表現出来ない。

六花の苦しみを表す事なんて出来るはずがない。


俺の前では強がってみせているけど、六花の本心は全然“大丈夫”なんかじゃなくて。
引き攣った無理やり作った笑顔は痛々しい程だった。