透明を編む 【完結】

放課後になると予報が外れてもう雪は止んでいた。

降り積もる前に低い気温に晒された雪は氷となり、ところどころ地面を覆っていて。


「わっ、転びそう」

「六花は本当にこういう時転ぶんだから気をつけろよ」

「待ってよ千冬、ツルツルして歩きづらい⋯」


氷となった歩道を慎重に歩む六花の歩くスピードは驚くほど遅くて、寒さに白い息を吐き出した俺はほんの少しだけ、呆れていた。

いくら滑りやすくなっているからってそんなチマチマ歩かなくたって、と。


「早く来ねぇと置いてくから」

「え、待ってよ千冬!」


どうしてこの時俺は六花のペースに合わせてやらなかったんだろう。

俺が六花と同じペースで歩いていれば。
滑りやすいからと手を繋いでいれば。

この日、雪なんて降らなければ。
予報が外れさえしなければ。


家までの道のりにある大きな交差点。

青信号で渡った俺は横断歩道の途中で後ろを振り返った。


「六花!赤になる前に渡れよ」

「わかってるけど⋯!」


歩行者側の信号が赤になるにはまだ余裕があって。車両側の信号はまだ赤のままで。


「おせーよ」と文句を垂れる俺はまだ、知らなかったんだ。

当たり前が当たり前じゃなくなってしまう事を。
この瞬間の後悔を。

もう二度と、俺の声が六花に届かない事になってしまう現実を、知らなかったんだ。


横断歩道の真ん中に立ち止まる俺を追いかける様に僅かに歩くスピードを上げた六花は「わたしが転んだら千冬のせいだからね」とわざとらしく怒った表情を見せながら───────、一瞬、その丸い瞳を俺から右へと向けて。


眉を潜めた後、元々大きいその目を更に大きく見開いた。


「千冬っ!!!!!」


それは、聞いた事もない様な焦りが含まれた六花の叫び声で。

その直後、横断歩道に足を踏み入れかけていた六花が滑って転ぶ事なんて一切気にする素振りなんて見せずに一直線に俺の方へと走ってきた。

必死の形相で、心做しか泣きそうに見えたその表情。


「千冬っ⋯!」


聞こえた声。

その直後、体に衝撃が走って。

訳もわからず交差点の端に投げ飛ばされた、いや、突き飛ばされた体。

尻もちをついた俺の耳をつんざく程の轟音が辺りに響いて、それは耳を塞ぎたくなる様な嫌な音だった。


キーっという高い音の後に鈍く低い音がして、目の前に広がる光景は悲劇以外の何ものでもなかった。