透明を編む 【完結】



だからこそわたしは今凄い勢いで脈打っているこのドキドキが好きだからなのか久しぶりに話す機会があるからなのか分からずにいる。

去年は違うクラスでほとんど接点はなかった。
だけど今年は同じクラスで隣の席。

千冬のことが今でも好きだからこそ、怖い。

無視をされても落ち込むし、かといってどんな話をすればいいのかもわからない。

でも、とにかく挨拶は大事だよね。

よし、千冬が来たら「おはよう」って言おう。

そう決めた直後、前側の入口から教室に入ってきた人物にわたしはヒュっと息を吸った。


だってまだ、心の準備が出来てなかったから。
目の前に現れた千冬にさっき心の中で練習した「おはよう」はすんなりとは出てこなかった。


艶のある黒髪と抜群に整った容姿。
千冬はわたしの知っている千冬である様で、わたしの知らない千冬でもあった。

黒髪とか、綺麗な二重瞼の鋭い瞳とか、高い鼻とか白い肌とか、品があるのに気怠い雰囲気とか。
それは昔からの千冬だけど、入口すぐにいるわたしを視界に捉え眉を寄せて冷たい視線を浴びせる千冬は、わたしのよく知る千冬ではない。


昔は⋯、わたしの耳が聞こえなくなってしまう前は千冬にこんな目を向けられた事はなかった。

だけど最近は⋯、千冬はわたしを見る度にこうやって心臓がギュッと痛くなる様な瞳ばかりをわたしに向ける。

言葉すら交わさなくなって、顔を合わせる事だって極端に減ったのに、時折廊下ですれ違ったりする度に千冬はこうしてわたしを拒絶する。

その度にわたしは息が詰まる様な胸の痛さと気を緩めたら泣いてしまいそうになるのを必死に堪えるんだ。