六花の誕生日の翌日、その日は早朝から雪が降っていた。
朝、一緒に登校する為に六花の家の前で六花を待っていると昨日俺がプレゼントしたマフラーを巻いた六花が玄関から出てきて「雪だね」と空を見上げたのを今でもよく覚えている。
シンシンと降り積もる雪と、ギュッと雪の道を踏みしめる音。
「どれくらい積もるかな?」
「明日の朝まで止まないってニュースで言ってた」
「じゃあ結構積もるかもしれないね。雪だるま、作る?」
「まさか六花、作りたいの?」
「⋯⋯子どもっぽいって今思ったでしょ」
「⋯⋯まあ」
目を逸らして答えれば隣から「酷いなぁ」とわざとらしく落ち込んだ声が聞こえて思わず笑った俺に釣られて六花も笑って。
「わたしね、雪好きなんだ」
「初耳」
「雪っていうか、冬が好きなの。冬全体が」
「⋯⋯俺も冬、好きだよ」
「理由は?」
「たぶん六花と一緒」
「⋯⋯だと嬉しいなぁ」
照れているのを隠す様に視線を下に落とした六花はその後視線を上に移して、手のひらで雪を掬おうとしていて、その姿はとても綺麗だった。
キラキラとした透き通った瞳が空を映して、手のひらに乗った雪が一瞬で溶けていく。
その光景はまるで神秘的で、心が焦がれた。
好きだと、大切だと、思ったんだ。
本気で六花の事を愛おしく思った。
「六花」
「なに?」
空に向けられていた視線が俺へと移動する。
「六花」
「どうしたの?千冬」
「⋯⋯六花」
「うん?」
「⋯⋯なんでもない」
「⋯⋯なんでもないの?変なの」
「好きだよ」と喉から出かかって、必死に飲み込んだ。
今すぐ言ってしまいたい気持ちもあったけど、一ヶ月後には俺たちは三年になって受験一色の一年がやってくる。
俺たちが離れ離れになる事はないのだから、自分の思いを伝えるのは受験が終わって落ち着いたらにしようと、呑気に考えて。
時間はたっぷりあるのだと思い込んで。
あんな事になるのなら、言ってしまえばよかったのに。
でも、あんな事になってしまったのだから言わない方が正解だったのかもしれない。
ただ一つ明確に思う事があるとすれば、もっと六花の名前を何度だって口にすれば良かった。
「千冬」
「ん?」
「マフラー、本当にありがとう。雪でも温かいよ」
もう二度と戻らないガラス玉を、もっともっと、もっともっともっと、大切に抱えていれば良かった。



